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第4章 第1話(2)
「か~、うまいことやりやがったな。どおりでのんびりしてると思ったわ」
「抜け目ないよなあ。俺なんか三年のときから資料請求はじめて、学生課にも就職相談室にも通いつめてたってのに」
ふたりは口々にコメントする。
「いや、でもまだ、そこに就職するかは決めてない」
言った途端に、滅びろイケメン!との愛ある罵声の二重奏が飛んできた。
実際、天城製薬でもすでに新卒採用に向けての動きははじまっているが、その時期を逃しても、本気で就職する気があるのなら特別採用枠で迎え入れる用意があると部長の門脇 を通して言われていた。人事から、内密で群司の意向を確認するよう打診があったのだという。そしてその采配は、天城特別顧問から指示が下ったのだとも。
あの会議以降、坂巻班を中心に薬理研究部とのやりとりが増えた。むろん、化学研究部などの他部署も関わってきているし、薬理研究部自体、坂巻班だけに関わっているわけでもない。それでも群司の注意は、どうしても薬理研究――否、そこに所属している早乙女に集中する。
群司自身、坂巻班専属というわけではなく、バイオ医薬研究部に所属する研究アシスタントである。立場上、部内全体から頼まれる仕事を随時こなさなければならない。それでも坂巻が群司に目をかけ、なにかにつけ声をかけてくれるため、必然的に早乙女の名を耳にし、姿を見かける機会が増えた。ときには坂巻に頼まれて、薬理研究部まで必要書類や資料を届けに行くこともあった。
群司が研究アシスタントをしているのは現在週半分程度。大学のほうのスケジュールによっては午前中のみ、午後のみということもあるので、一時期に比べ、かなりかぎられた時間となっていた。今後はますます、時間の融通が利かせづらくなっていくだろう。そういった中で、早乙女本人とじかに接触できる機会はさらにかぎられており、あまり悠長に構えていることはできなかった。
可能なかぎり機会を逃さぬよう細心の注意は払っているものの、肝腎の早乙女に取りつく島がない。無表情、無関心を絵に描いたような態度で、群司に対してはとりわけ事務的な対応に終始していた。
食堂でのあの一件は勘違いだったのではないか。そう思えてくるほどそっけなく、どうにも近づくとっかかりを見いだせずにいた。
* * *
『あ~、むしろそれだけ意識してるってことなんじゃないの?』
数日前、坂巻に頼まれた資料を早乙女の許へ届けたあとで、対応が塩すぎてヘコむとわざと嘆いてみせると、坂巻はそう言って苦笑した。
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