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第4章 第1話(3)

『え、そんなわけないですよね? 俺、ただのバイトですし。だからむしろ、犬猫以下にしか思われてないってことかと』 『いやいや、だからだろ』  群司の言を即座に否定したあとで、つまりさ、と坂巻は少し声をひそめた。 『群ちゃん、お嬢様に特別に目をかけられてるじゃん? 途中入社して短期間でいまの地位まで登りつめた彼としては、実力でのしあがってようやく我が社の姫の歓心を買うことができたわけで、そこをすべてすっとばして自分を脅かそうとする君の存在に、心穏やかではいられないっていう』 『いや、それはさすがに穿ちすぎじゃないですかね? 俺、そこまでの人間じゃないですし。なにより、早乙女さんってそこまで野心剥き出しのタイプには見えないですけど』 『野心家じゃなきゃ、たった二年かそこらで俺とおなじ役職に就けるわけないでしょお』  坂巻はすかさず、チッチッチと人差し指を左右に振った。 『うちの会社はそこまで甘くないのよ。んで、たった一度言葉を交わしただけで、天城特別顧問のハートを掴んじゃった君は、要警戒人物と認識されちゃってると。あんとき彼、会話に割りこんでくるときにわざわざ天城顧問を下の名前呼びしてたでしょ。あれって絶対、君筆頭に、周辺にいた連中に対する牽制だったんじゃないかと思うんだよね。俺のことも含めて』  群司は、「はあ……」と気のない調子で相槌を打った。  坂巻の言うことが正しいとは思わないが、自分が煙たがられていることだけは間違いない気がする。そしてその雑談の際にもたらされた、あらたな情報。 『あれ……?』  会話の途中で、ふとなにかを思い出したように呟いた坂巻は、考えこむようなそぶりですぐそばにいた坂巻班のひとりに視線を向けた。 『そういや、彼とおなじくらいに途中入社した奴、いなかったっけか?』  坂巻に話題を振られた部下の佐々木は、『あ~、そういえばいましたね』とすぐに応じた。 『なんでしたっけ。伊達(だて)さん? なんか、めっちゃくちゃイケメンが入ってきたって、創薬の女性たちが色めき立ってたことがありましたよね』 『ああ、そだそだ! 伊達ちゃん! たしか三十ちょいくらいの高身長のイケメン。って、俺もチラッと見かけたぐらいで全然しゃべったこともないけど』 『しょうがないですよ。だってあの人、創薬本部(うち)とはそんな繋がりのない部署の所属でしたし』 『あれ? でもうちの部署でも一時期話題になってたよな? 俺の耳にも入ってきたくらいだし。なんで?』 『そりゃそうですよ。さっきも言ったとおり、女性陣が大騒ぎしてましたからね。たしか営業部の一課とか二課に配属されたけど、専門知識がまったくないんで勉強させてほしいって創薬にも足繁く通ってて、それで話題騒然になってたっていう』 『あ~、そうだ。それで俺も見かけたんだった』  ふたりのやりとりを耳にしながら、群司は緊張に硬張(こわば)っていく表情を必死に抑えた。

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