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第4章 第1話(5)

    * * * 「な~、群司聞いてる?」  唐突に肩に手を置かれて、群司は反射的にビクッとした。須藤と近松が、怪訝(けげん)そうに群司の顔を覗きこんでいた。大学で、級友たちと雑談中だったことを思い出す。 「あ、ごめん。なんだっけ?」 「おいおい、マジかよ。目開けたまま寝てたんじゃねえの?」  近松が苦笑する横で、須藤が「やっぱ相当疲れてんじゃん」と眉を(ひそ)めた。 「悪い、大丈夫。ちょっと考えごとしてただけ。で、なんの話だっけ?」 「いや、だから、今朝のニュースの話。おまえ朝、テレビ見た?」 「あ~、そういや見なかったな。なんかあった?」 「あったよ。外務大臣が公用車暴走させて通行人を次々に轢いた挙げ句、その辺の通行車両も巻きこんで十数台の玉突き事故」 「……は?」  群司は急いで携帯を取り出すと、ネットニュースに繋いだ。途端にトップニュースの見出しが目に飛びこんでくる。《松木(まつき)外相、通勤時間帯の大通りで暴走事故》とある。  松木外相は、広尾にある自宅マンションの車寄せスペースで待機していた運転手に突如襲いかかり、鍵を奪ったという。そのまま公道に飛び出して車を暴走させ、繁華街付近で道行く人々を次々に撥ねて通行中の車両に衝突。死者六名。重軽傷者多数。通勤通学の時間帯で人通りも多く、現場は一時騒然となり、収拾がつかない状態となった。 「目撃者の情報によれば、動かなくなった車のアクセルをなおも踏みこみ、クラクションを鳴らしつづける松木容疑者を、現場に駆けつけた警察官らが取り押さえたという――」  記事の一部を読み上げた群司に、須藤と近松は「な? すげえだろ?」と興奮気味に言った。 「SNSに事故の動画あげてる奴いたけど、警察と救急隊員に取り囲まれて頭から血流しながら、『死ね、愚民ども!』とか奇声発してて、完全にイッちゃってる感じ」  松木重春(しげはる)。五十代半ばの二世議員で容姿も整っており、中高年女性の熱い支持を得ていた男である。 「松木外相って、たしか……」  携帯画面を見つめたまま呟いた群司に、同級生ふたりは我が意を得たりと言わんばかりに身を乗り出してきた。 「海外でもハリウッドセレブが恋人めった刺しにして殺害したとか、ニュースになってたじゃん?」  彼らの言いたいことはわかる。そうだ。いずれも《フェリシアン》としてネットに出まわったリストに名を連ねていた者たちだった。そしてほかにも、リストの中で見たおぼえのある著名人が引き起こした事件や事故が増えていた。  群司が巷で噂される魔法の薬について、だれより強い関心を抱き、単独でその情報を探っていることを級友らは知らない。ただたんに、これまで話題にしてきた与太話が現実味を帯びてきたことに興味を掻き立てられ、おもしろがっているにすぎなかった。  それでいいのだと思う。ただの夢物語として笑い話にしていられるのなら、そのほうがいい。  人々の欲望を満たす、夢の薬――  だがそれは、満たした欲望ごと生命を根こそぎ奪っていく。  当人のみならず、なにも知らずにいる周辺の人々までもを巻きこんで。  友人たちとの雑談に興じるふりをしながら、群司はネット記事の内容を反芻してひそかに両手を握りしめた。

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