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第4章 第2話(1)

 終業時間を迎えた群司は、エレベーターホールに向かう途中、通路の奥に何気なく視線を向けてその足を止めた。  自販機コーナーの一角に設けられた休憩スペースに、人影があった。  椅子やテーブルがいくつか配置されているうちのひとつに座る、細身のシルエット。  群司がとらえたのは、薬理研究部の早乙女の姿だった。  その場にいるのは早乙女ひとりで、ほかにはだれもいない。いちばん奥の窓ぎわの席で、彼は眼下にひろがる夕暮れどきの街並みを、ぼんやりと眺めていた。  無防備なその横顔に、ハッとする。  愁いを帯びた眼差しはどこか寂しげで、そこに、いつもの他者を撥ねつける冷たさはなかった。 「こんにちは」  近づいていって声をかけると、早乙女は驚いたようにビクリと身をふるわせた。  瞬時に取り繕おうとするが、動揺を覗かせた表情を、完全に消し去ることはできなかった。 「めずらしいですね、休憩ですか?」  群司はなにくわぬ顔で尻ポケットから財布を取り出し、缶コーヒーを購入する。  早乙女の手には半分ほど口をつけたカフェオレの紙コップがあり、なぜか正面の席に、手つかずのブラックコーヒーが置かれていた。いずれもすでに冷めきっていて、だれかが座っていた形跡も、これから現れる気配もなかった。  早乙女と正面の席のあいだに置かれた椅子を引いて、群司はおなじテーブルに着いた。視線を避けるように手もとを見つめる早乙女の表情が、かすかに硬張った。 「高層ビルだけあって、眺めいいですよね」  プルタブを引いて缶を開けた群司は、窓の外を眺めやりながら微糖のコーヒーを口にした。  午後五時。正規社員の終業時間まではあと三〇分ほどあるが、いまこうして休憩を取っているということは、早乙女は定時で上がるつもりはないのだろう。 「松木外相の事件、すごかったですね」  視線を落としたまま目を合わせようとしない早乙女に、群司はかまわず話しかけた。

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