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第5章 第1話(6)
「わたしは素人だし、専門的なことは正直よくわからない。でも、会議でのあの発言を聞いて、あなたは天城製薬にとって必要な人材だと思った。こういう勘は絶対はずさない自信がある。だからうちに来てもらえる可能性があるなら、こちらもそれに見合った誠意を見せて、迎える用意をしようって。これがあなたの質問に対する答えなのだけれど、納得していただける?」
締めに運ばれてきたデザートを堪能したあとで、天城瑠唯はコーヒーをゆっくりと味わう。群司はこれまでの会話の内容を吟味するように沈黙した後、口を開いた。
「なんだか過大評価のような気もしますが、そこまで期待していただけるなんて、すごく光栄です」
謙虚な姿勢を崩さない群司に、美貌の令嬢はまっすぐな眼差しを向けた。
「あなたはもっと、自分の力を強く信じていいと思うの」
「そう、でしょうか?」
「そうよ、あなたは自分で思っている以上に素晴らしい才能と可能性に満ち溢れている。もっと自信を持っていい」
そう断言して頷いた。
「わたしひとりにできることはかぎられているけど、幸いにもわたしには、天城製薬という会社があって、協力してくれるたくさんの優秀な人たちがいる。その人たちの力を借りられたら、不可能なことも可能にできる。だから八神くんがもしうちに来てくれるのなら、ぜひその力を貸してほしいの」
「わかりました。そのことも踏まえて、なるべく早いうちに、きちんと結論を出します」
「待ってるわ」
群司の返答に、令嬢は満足げな笑みを浮かべた。
その後も少し雑談をしてコーヒーを飲み終えると、ふたりだけの会食は終了となった。
「最後にひとつだけ質問してもいいですか?」
誘ったのは自分だからと、令嬢は店の責任者を呼んで伝票にサインをし、カードを渡す。支配人がカードの載ったキャッシュトレイを恭しく手にして立ち去ったところで、群司は最後の質問を口にした。
「天城顧問の病気を完治させたのは、なんていう薬ですか?」
ふたりだけの空間に、しばし沈黙が流れる。
群司の顔をまっすぐに見つめた天城瑠唯は、やがてふっと息をついた。
「企業秘密だから、内緒」
悪戯めいた口調で言って、不意に席を立つ。
「八神くんがうちの会社に入ってくれたら、そのときは教えてあげる」
あでやかに笑んだ天城瑠唯は、化粧直しに行ってくると軽やかな足取りでレストルームに向かっていった。
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