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第7章 第1話(1)
午前中大学に顔を出した群司は、途中で軽く昼食を済ませて天城製薬に向かった。
会社のある最寄り駅で降りて、通い慣れた経路でバイト先の高層ビルを目指す。昼休みの時間帯ということもあって、オフィス街は昼食を求めるサラリーマンやOLで賑わっていた。
道行く人々に何気なく視線を送っていた群司は、その中のひとりにふと目を留めた。前方のコンビニから出て来て少し先を行く後ろ姿に、見覚えがあった。
少し明るい色合いの髪に、ワイシャツ姿の細身の背中。薬理研究部の早乙女だった。手に提げているコンビニ袋を見るかぎり、昼食を買いにいった帰りなのだろう。相変わらずOL並みの小食が窺える大きさだった。
このまま行けば、おそらくエレベーターで一緒になる。追いかけて声をかけるべきかどうか、群司は一瞬迷った。
だがその早乙女に、横合いからふらりと近づいて声をかける者があった。会社勤めの人間とは思えない綿シャツ姿の男で、年齢は四十代半ばほど。なにやら不穏な気配を漂わせていた。
案の定、群司の見ているまえで男が絡みはじめる。一瞬足を止めた早乙女は、すぐに男をよけるようにしてわきをすり抜けた。その腕を、男が乱暴に掴んで凄んだ。
「おい、てめえ、ふざけんなよっ!?」
強く引かれたせいで、早乙女がわずかによろける。周辺を通りすぎる人々が、怪訝そうにふたりを見ながら大きく迂回していった。
「やめてください。警察に通報しますよ」
早乙女の冷ややかな声が群司の耳にも届いた。男は途端に、顔を赤黒く染めた。
「上等だ、呼ぶなら呼べよっ。どっちが悪いか判断してもらおうじゃねえか」
「どっちもなにも、私はなにもしてません」
「んなわけねえだろ! 俺の息子はな、おまえんとこの会社に殺されたんだよっ」
男の言葉に、早乙女がビクリと反応したのがわかった。
「おまえ、天城製薬の社員だろ? 誤魔化したって無駄だかんな。さっき、会社から出てくるとこ見てんだよ」
男は掴んでいる早乙女の腕を、さらに強く引き寄せた。
「でっかいビルだなぁ、おい。どいつもこいつもスカした面しやがって。さぞいい給料もらってるんだろうよ。そんでやってることは人殺しだもんな? たいしたもんだよ」
「やめ……っ」
さすがにあからさまに立ち止まって野次馬を決めこむ人間はいないが、男が不必要に大きな声を発しているせいで徐々に行き交う人々の流れが停滞し、揉めているふたりを遠巻きに窺う人間が増えはじめた。その中には、あきらかに天城製薬の社員もいたが、だれも助けに入ろうとする者はいなかった。
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