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第8章 第3話(1)

 マージナル・プロジェクト。  社内でも極秘の研究に携わるラボは、地下三階の特別区画に設けられていた。  エレベーターを降りて通路を進んだ先に現れた認証扉は、他のフロアではまず見ないような重厚な造りとなっていた。  天城瑠唯が扉のまえに立つと、その生態情報を読み取った装置が作動して自動で開く。機密性の高さが窺える厳重な扉を抜けた先には、真っ白な壁とリノリウムの床に覆われた通路がまっすぐに前方に向かって伸びていた。その両サイドにはいくつもの出入り口や枝分かれした通路があり、一見したところ、上層の一般部署があるフロアとさして変わらないように見える。だがそのいずれにも、部署名や用途などが記されていなかった。 「早乙女くんも、声紋でも虹彩でも、認証登録をしておいていいのではないかしら?」  人の気配が感じられない廊下を歩きながら、天城瑠唯が軽い調子で言った。早乙女はそれに対して、抑揚のない声で「いえ」と応じた。 「私は薬理研究部に籍を置く身ですから、社員証の認証コードで出入りできれば充分です」  四角四面な受け答えに、美貌の社長令嬢は相変わらず真面目なのねと笑う。早乙女からのリアクションがなくても、気にするそぶりすら見せなかった。  巨大な社屋の最下層にひっそりと存在する、特別な領域。  エントランスホールやエレベーターホールの案内板で、地下三階はどう表示されていただろう。令嬢と早乙女のあとにつづきながら、群司はひそかに記憶をたどった。倉庫、資料室、駐車場……。目にした範囲で思い返しても、研究室があるという表示はどこにもなかったように思う。  少し進んだ先で右手に曲がる通路を選んだ天城瑠唯は、突き当たりの扉のまえで足を止めた。  ここでもやはり、生体認証によって解錠した扉が自動で開く。その向こうには、大小さまざまなコンピューターが設置されたオペレーションルームとおぼしき空間がひろがっていた。最奥の巨大なガラス壁の向こう側に、パーティションやさまざまな機材で区切られた実験場、もしくは研究スペースらしき小部屋がいくつも臨める。その中で、複数の白衣を着た研究者たちが動きまわっていた。

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