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第8章 第4話(1)

 坂巻に飲みに行かないかと誘われたのは、その日の帰り際のことだった。 「いや~、群ちゃんもついに来年からお仲間決定かぁ」  通い慣れたいつもの居酒屋の向かいの席で、坂巻は上機嫌で酒杯を呷った。  これで今日、何度目の台詞かわからない。乾杯もすでに、五、六回はしている。いつもは坂巻班のメンバーが同席して賑やかに盛り上がるのだが、今日は坂巻と群司、サシでの飲み会だった。 「なんか悪いね、こないだ怪我したばっかだし、卒論で忙しいのにさ」  悪いと言いつつ、坂巻は心底嬉しそうに笑う。それを見た群司の口許も、自然にほころんでいた。 「いえ、傷のほうはもうほとんど塞がってますし、卒論もいまのところ順調なので誘ってもらえて嬉しいです」 「そっかそっか。仮に社交辞令で言ってくれてるとしても、俺も嬉しいよ。今日は内定の前祝いだから、無礼講でパーッと行っちゃおう! 社内稟議(りんぎ)通って本決まりになったら、あらためてうちの班全体で豪勢にってことで」 「坂巻さん、いつも無礼講ですけどね」 「おー、そうね~。俺、堅苦しいのは好きじゃないからさ。でも今日は格別、いつも以上に垣根をはずしちゃおうぜ。坂巻大先輩の奢りだ! 好きなものどんどん食って、思いっきり飲んじゃいな~」  言いながら、ひろげたメニューを群司のほうに押し出す。テーブルにはすでに、冷や奴、ホッケの塩焼き、もつ煮込み、大根サラダ、竜田揚げに山芋のお好み焼き、だし巻き玉子と、ふたりで食べるには充分すぎるほどの料理が並んでいた。 「いや、料理はもう充分です」  群司は苦笑した。 「坂巻さん、次なに飲みます?」 「俺、またおなじのでいいや。焼酎の梅割り」  言いながら、坂巻は傍らに置いていたキープボトルを持ち上げて軽く振った。 「美味しそうですね」 「ん~、うまいよ~。群ちゃんも飲んでみる?」 「そうですね、よかったら」  オッケーオッケーと上機嫌で応じた坂巻は、ちょうど通りかかった店員に、グラスと梅干しの追加を注文した。

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