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第8章 第4話(2)

「考えたら群ちゃんとサシで飲むのははじめてか」 「そうですね、いつも班の人たちも一緒ですから」 「だよね~。けど、たまにはこういうのもいいでしょ。ふたりで膝突き合わせてってのもさ、大勢とはまた違った話がじっくりできるし」 「俺はありがたいですけど、急に飲みの予定入れたりして、奥さんは大丈夫ですか?」 「あ~、まあそうね。うちの奥さんはその辺、意外と寛容だから。俺が普段、頑張って仕事してるの理解してくれてるからね」 「いい奥さんですね」 「やっぱり? 俺もそう思う」  坂巻はへへっと照れたように笑った。 「坂巻さん、結婚されてもう長いんですか?」 「いや、そうでもないかな。いま三年目」  ホッケの身を崩しながら坂巻は答えた。 「まあ、かみさんとは付き合い自体は長いんだけどさ」 「じゃあ、長く付き合った末のゴールイン?」 「いや、それがそう簡単でもないのよ」  ほぐした身を口に運んで味わい、焼酎を呷ってからふたたび話をつづけた。 「かみさんとは学生時代の同級生でさ。そのころ一度付き合ってたんだけど、わりとあっさり別れてんだよね。お互いまだまだガキだったっていうか、はっきりした原因は忘れたけど、なんか些細なことで喧嘩してそれっきり、みたいな」 「そのまま卒業?」 「そうそう。けど、それから何年も経って、お互い三十路に突入したタイミングで偶然再会してね。ひさびさに会ったら、これがなんか、妙に居心地がよかったんだよね」  懐かしむように語ったあとで、坂巻は群司を顧みて「これ、まだ聞きたい?」と尋ねた。 「もちろんです。ちゃんと最後まで聞かせてください」 「え~、んな、おもしろい話でもないけどなぁ。まあいっか」  ちょうどそこへ、グラスと梅干しが運ばれてきて、群司が受け取ろうとするより早く、坂巻が梅の小皿とグラスを自分のほうへ引き寄せた。  グラスの中に梅干しを落として氷を入れ、そこに麦焼酎を注ぐ。少しだけ炭酸水を注いで軽く掻き混ぜたものを群司に差し出した。群司は礼を言って受け取り、口に運んでかすかに目を瞠った。 「これ、メチャクチャ美味しいですね。スッキリして喉ごしもいいし、すごく飲みやすいです」 「でしょお? まま、遠慮せず、グイッとやっちゃって」  言ったあとで、あ、だけど傷に障らない程度にね、と付け足した。

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