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第9章 第1話(1)

 意識が戻ったとき、群司は自分の置かれている状況が把握できなかった。  見慣れない天井。見覚えのない部屋。  自分になにが起こっているのか、まるでわからない。  八畳ほどの洋間のベッドに横たわったまま、ここはどこだろうかとぼんやり考えた。その直後に、意識が途切れる寸前のことを思い出し、一気に正気を取り戻す。咄嗟に飛び起きようとして、強烈な眩暈(めまい)と吐き気に見舞われた。  あわてて口許を押さえてその場に(うずくま)り、喉もとまで()り上がってくる吐き気がおさまるのを懸命に待つ。五感が正常に機能しはじめると、途端に割れるように頭が痛んで最悪の気分に拍車をかけた。 「目が、覚めたようですね」  ドアが開く音とともに人の気配が近づいてきて、声をかけられた。居酒屋のトイレでも耳にした、馴染みのある声だった。 「ここ、どこですか?」  頭の内側から頭蓋をハンマーで叩かれているような苦痛に顔を歪めながら、群司は声を搾り出した。  やっとの思いで顔を上げ、ベッドサイドに視線を向けると、私服姿の早乙女が見下ろしていた。  ラフなサマーニットに細身のボトム。洗練された服装とは裏腹に、もっさりと顔を覆う前髪と無骨な眼鏡が変にちぐはぐで、それがかえって目の前にいる相手が幻ではないことを物語っていた。 「俺、なんでこんなことになってるんですかね? ここって、もしかして早乙女さんの家ですか?」 「水と薬、ここに置いておきます」  群司の質問には答えようとせず、早乙女はすぐ横のサイドテーブルにミネラルウォーターと錠剤を置いた。 「それって宿酔(ふつかよ)いの薬ですか? それとも頭痛薬?」 「体調が落ち着いて、なにか食べられそうだったら声をかけてください。私は隣の部屋にいますので」 「早乙女さん!」  群司は声を荒げた。 「なにがどうなってるのか全然わからないんで、説明してほしいんですけど」  言ったところで、ふと、足に違和感をおぼえる。嫌な感じがして視線を落とすと、左の足首に革のベルトが巻かれていた。そこから、太いチェーンが伸びてベッドの下までつづいていて―― 「これ、なん……」  さすがに理解不能の状況に、言葉を失った。愕然とする群司を、早乙女はなおも冷めた眼差しで見下ろしていた。

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