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第9章 第1話(2)

「いまは、まともに話ができるような体調ではないでしょう? 自分になにが起こっているのかは、好きに想像してください。もっとも、まともに頭が働けばの話ですが」  まともに働かないから説明を求めているのだ、と思ったが、たしかに、気分の悪さがまさっていて、説明されてもどこまで理解できるか怪しいところではあった。 「仕事、は……」  外は完全に明るいので、すでにひと晩経っていることは間違いないだろう。  これもまた聞き流されるかと思ったが、これにはかろうじて答えが返ってきた。 「今日は土曜日です。ついでに祝日もあるので三連休。平日だったとしても、学校にもバイトにも行けるような体調ではないでしょうから、余計なことを気にする必要はありません」  ピシャリと言い放って背を向けた。そのまま、隣の部屋につづいているだろうドアを開けて出ていく。ぼんやりとそれを目で追った群司は、ドアが閉まったところで小さく息をついた。  本当に最悪の体調だった。なぜこんなことになっているのかまるでわからない。まともに頭が働いたとしても、この状況を正確に把握するのは難しかっただろう。  とりあえず、自分が早乙女に捕らわれたことだけは足首に嵌められている枷から判断できる。いまの自分にわかるのは、そのくらいだった。  鉛のように重い腕をやっとのことで動かし、尻ポケットを探るがそこにスマホはなかった。  無断外泊をしてしまったなとふたたび溜息が漏れる。母をどれだけ心配させているかと思うと、それだけが申し訳なかった。  坂巻はあれからどうしただろう。群司が席をはずしたまま戻ってこないことに不審をおぼえてトイレや店内、店の外を探し、店員にも尋ねてまわったかもしれない。  携帯があれば着信を確認できるし、こちらから連絡を取ることもできるのだが、それも適わない状況がもどかしかった。  吐き気はだいぶおさまってきたが、頭は相変わらず割れるように痛かった。  苦痛をまぎらせるものを求めて視線を巡らせ、サイドテーブルに置かれたミネラルウォーターと錠剤が目に留まる。だが、絶対に飲むものかと歯を食いしばった。早乙女の出した薬など、どんな成分が含まれているかわかったものではない。水だって、安全である保証はどこにもなかった。  いまはもう一度、眠ってしまうにかぎると思った。眠って、痛みを鈍らせて、体力の回復を図る。今後のことを考えるのはそれからだ。  こんな状態になるような酒の飲みかたはしていないはずなのに、なぜ、という疑問は残ったが、いまそれを考えてもしかたがない。  群司は横向きになって躰をまるめると、布団に潜りこんで目を閉じた。  こんな体調で果たして眠れるだろうかという懸念もあったが、それはまったくの杞憂で、躰から緊張を解いた途端に意識は静寂に包まれた。  目を閉じてなお、グルグルと躰が回転しているような不快な感覚の中、強い倦怠感を手放した群司の意識は、深い闇の中へと引きずりこまれていった。

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