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第9章 第2話(3)
「天城顧問のこともそうです。あなたはべつに、彼女に特別な感情を抱いているわけでもなければ、強い思い入れがあるわけでもない」
「それは…っ」
「それから言うほど、地位や名誉、権力にも執着していない。俺を煙たがる理由は、そんなことじゃないですよね?」
早乙女は頬を紅潮させた。
「勝手に決めつけるなっ。おまえになにがわかっ――」
「途中入社した営業部の伊達さん」
言った途端に、押さえこんでいた早乙女の躰がビクッと反応した。
「懇意にしてたそうですけど、急に辞めちゃったんだそうですね」
「いきなりなにを……。おまえには関係ないっ」
ピシャリと撥ねつける態度とは裏腹に、なぜそんなことまで知っているのかという怯えが交じった。
「そうですね、俺にはなんの関係もない話です。だけどもし仮に、その伊達という人物がある人間と同一であるとするなら話は変わってくる」
言いながら、群司は押さえつけていた手を放すと、早乙女の前髪を掻き上げ、眼鏡を取り上げた。
「やめ……っ」
早乙女はあわてて顔を背け、両腕で隠した。
「早乙女さん、先月、ある人物の墓参りをしてましたよね? そう、こんなふうに素顔を晒して」
群司はあらためて早乙女の両手首を掴むと、顔のまえでクロスしているそれを力尽くで割り開いた。
「っん、やめっ、ろ…っ」
「秋川優悟。あなたはなぜ、彼を知ってるんです? 彼とはどういう関係?」
「しっ、知らなっ」
「知らなくないですよね? 俺が彼の弟だってこともちゃんと知ってる。だからあなたは、会社の食堂ではじめて俺を見たとき、あんなにも動揺を露わにして素の表情を取り繕うことができなかった」
「ち、ちがっ!」
「違わない。あなたは兄貴を知ってる。兄貴とはどういう関係? 営業部にいた伊達という男が秋川優悟で、あなたはその正体を知っていた。そう言うことで間違いないですか?」
「知らないっ。俺は秋川なんて人、会ったことも関わったこともないっ。全部おまえの妄想で、勝手な思いこみだ!」
「嘘をつくなっ!!」
群司は怒声を張り上げた。
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