101 / 234

第9章 第3話(2)

 食卓にはすでに、早乙女が用意してくれた食事が並べられていた。焼いた塩鮭に玉子焼き、野菜たっぷりのポトフ―― 「すごい。こんなに作ってくれたんですか?」 「あ、いや。料理はそんな得意じゃないから、ただ焼いただけ。ポトフは、市販のスープの素を使っただけだし……」  いささか決まりが悪そうに言う早乙女に、群司は充分ですと礼を言って、座るよう示された席に着いた。 「胃の調子がおかしかったら、無理せず、食べられる範囲でかまわないから」  白米を装った茶碗を差し出しながら添えられたその言葉で、群司の体調を考慮して用意してくれたメニューなのだと理解した。そういえば最初に目覚めた直後、ひどい吐き気に見舞われたのだったと思い出す。おそらく、日中のうちから準備してくれていたのだろう。ポトフの野菜は、スープがよく沁みこんでいた。  外はまだ明るく、リビングの時計が示す時刻は十七時半をまわったところだった。  早乙女が向かいの席に着いたところで、少し早めの夕食となった。 「ルイさんって、普段からそのぐらいの量なんですか?」  自分よりあきらかに盛りが少ない茶碗やスープ皿の中身を見て群司が尋ねると、スープを掬いかけた早乙女は、質問の意図を測りかねたように瞬きをした。 「はじめて食堂で見かけたときも思ったんですよね、周りの女の人たちのほうがよほど食ってるなって」  群司が言うと、早乙女はわずかに口を尖らせた。 「そんなことない。普通だ」 「いやいや、成人男子の平均、あきらかに下回ってるでしょ」  群司は笑った。 「そんな細いんだから、しっかり食べないと倒れますよ? さっき、俺のことも押しのけられなかったでしょ?」 「病人相手だから加減しただけだ」  説得力のない負け惜しみに、群司は笑いを(こら)えるのに苦労した。  目の前で食事をする早乙女は、素顔を隠す必要がなくなったからか、眼鏡をかけていない。髪型もスッキリと整えられているので、普段は目にすることのない繊細な麗容が露わになっていた。これほどの美貌をだれにも気づかせず、完璧なまでに隠しおおせるのだから舌を巻くよりほかなかった。そもそも、そのことに気づいたからこそ、群司の中で早乙女は注意すべき対象として位置づけられたのだ。  自分に対して必要以上に頑なで棘があったせいで、なおのこと、警戒を強めたことは否めない。

ともだちにシェアしよう!