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第9章 第3話(2)
食卓にはすでに、早乙女が用意してくれた食事が並べられていた。焼いた塩鮭に玉子焼き、野菜たっぷりのポトフ――
「すごい。こんなに作ってくれたんですか?」
「あ、いや。料理はそんな得意じゃないから、ただ焼いただけ。ポトフは、市販のスープの素を使っただけだし……」
いささか決まりが悪そうに言う早乙女に、群司は充分ですと礼を言って、座るよう示された席に着いた。
「胃の調子がおかしかったら、無理せず、食べられる範囲でかまわないから」
白米を装った茶碗を差し出しながら添えられたその言葉で、群司の体調を考慮して用意してくれたメニューなのだと理解した。そういえば最初に目覚めた直後、ひどい吐き気に見舞われたのだったと思い出す。おそらく、日中のうちから準備してくれていたのだろう。ポトフの野菜は、スープがよく沁みこんでいた。
外はまだ明るく、リビングの時計が示す時刻は十七時半をまわったところだった。
早乙女が向かいの席に着いたところで、少し早めの夕食となった。
「ルイさんって、普段からそのぐらいの量なんですか?」
自分よりあきらかに盛りが少ない茶碗やスープ皿の中身を見て群司が尋ねると、スープを掬いかけた早乙女は、質問の意図を測りかねたように瞬きをした。
「はじめて食堂で見かけたときも思ったんですよね、周りの女の人たちのほうがよほど食ってるなって」
群司が言うと、早乙女はわずかに口を尖らせた。
「そんなことない。普通だ」
「いやいや、成人男子の平均、あきらかに下回ってるでしょ」
群司は笑った。
「そんな細いんだから、しっかり食べないと倒れますよ? さっき、俺のことも押しのけられなかったでしょ?」
「病人相手だから加減しただけだ」
説得力のない負け惜しみに、群司は笑いを堪 えるのに苦労した。
目の前で食事をする早乙女は、素顔を隠す必要がなくなったからか、眼鏡をかけていない。髪型もスッキリと整えられているので、普段は目にすることのない繊細な麗容が露わになっていた。これほどの美貌をだれにも気づかせず、完璧なまでに隠しおおせるのだから舌を巻くよりほかなかった。そもそも、そのことに気づいたからこそ、群司の中で早乙女は注意すべき対象として位置づけられたのだ。
自分に対して必要以上に頑なで棘があったせいで、なおのこと、警戒を強めたことは否めない。
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