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第9章 第3話(4)

「ほんとすみませんでした。俺、無神経でしたよね。もし不快にさせたなら謝ります」  あらためて詫びる群司に、早乙女は一度置いたスプーンを手にとりながら小さくかぶりを振った。食事を再開するわけでなく、そのまま手を止め、スープ皿の中に視線を落とす。  なにか言葉を探していて、けれども、なにをどう言えばいいのかわからない。そんな迷いが見受けられた。 「あの、変な色眼鏡越しに見てるって思わないでほしいんですけど、あなたが兄貴にとって特別な存在だったことは間違いないと思うんです。あなたの電話を受けたときの態度を見ればあきらかだったんで。それでつい、短絡的に恋愛的な方向に結びつけちゃったんですけど」  群司の言葉をじっと聞いていた早乙女は、やがてポツリと呟いた。 「俺のほうこそ、申し訳ないと思う」  目線を落としたまま、囁くような声で言う。 「優悟さんとの付き合いは、仕事上のものだけだったけど、一方的に憧れてたのは事実だから……。そういうの、身内の立場からすれば気持ち悪いんじゃないかって……」  懸命に言葉を選ぶ不器用さが、早乙女の為人(ひととなり)をよくあらわしていた。電話口で兄があんな顔をした理由が、群司にもわかる気がした。 「そんなわけ、ないじゃないですか」  群司は穏やかに言った。 「あなたがそう思ってくれていたことを知ったら、兄貴は間違いなく喜んだと思うし、家族以外で兄貴のことをそんなふうに思ってくれる人がいるのは、身内として純粋に嬉しいです」  早乙女はなにかを堪えるように、ぐっと口許を引き結んだ。その様子が、群司の目にひどくいじらしく映った。 「ひょっとして、兄貴もここに来てました? ここって、ルイさんの家でいいんですよね?」  尋ねた群司に早乙女は頷いて、それから優悟は来ていないと否定した。 「この部屋は如月(きさらぎ)名義で――その、実名で借りてる部屋だから」 「如月……如月ルイさん? それがあなたの本名?」  群司の問いかけに、早乙女がふたたびそうだと頷いた。 「琉球の琉に生まれるで如月琉生(るい)。この部屋は最初から自分の名義で借りてる部屋で、いまはそれとは別に、早乙女名義で契約している部屋がある。会社にはそちらで申告をしていて、普段はそっちで生活してる」  なるほどと群司は思った。兄のマンションに、長期間出入りした形跡がなかったのはそういうことだったのだ。おそらく兄もまた、偽名で契約した部屋を生活の拠点としていたのだろう。

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