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第10章 第1話(1)

 その日を境に、群司の生活は一変した。  大学と研究アシスタントのバイトはこれまでどおりだが、週の半分近くを如月のマンションに通いつめるようになった。  当初、如月は群司が研究アシスタントをつづけることに難色を示したが、群司の側もそれで引き下がるわけにはいかない。渋る如月をなんとか言いくるめて、説き伏せたのである。半分、脅しに近かったかもしれない。 「俺はアシスタントを辞める気はないですし、フェリスに関する情報も、天城製薬の動きも調べつづけます。だから俺に、琉生さんの手伝いをさせてくれませんか? それがダメなら、いままでとおなじように俺はひとりで動きます。俺が引かない性格なの、琉生さんも知ってますよね?」 「でも、君になにかあったら優悟さんに顔向けできない。警察官として、あれほど優秀だった優悟さんでさえ、あんなふうに生命を奪われてしまったのに……」 「それを言ったら、琉生さんにだっておなじことが言えるんじゃないですか? 琉生さんにもしものことがあったら、俺は兄貴に顔向けできなくなる。あなたは兄貴がだれより信頼して、大切に思ってた相手なんだから」  兄の携帯は、兄が亡くなる直前に早乙女の許へ送ったものだったという。自分に万一のことがあったら、すべてを如月に託すという手紙を添えて。  兄はおなじ警察組織の人間ではなく、如月を選んだ。その一事をもってしても、兄の如月に対する信頼の高さが窺えた。 「そんなの俺は覚悟してる! でも君はまだ学生だろっ」  どこまでも折れようとしない群司に苛立つように、如月は声を荒らげた。その心情は痛いほどわかる。それでも群司は一歩も引かなかった。 「ただの学生じゃないです。秋川優悟の弟で、大切な家族の生命をあの会社に奪われた遺族でもある。何度も言うように、遊びや中途半端な好奇心からこんなことしてるわけじゃないんです。危険は承知してるし、俺は俺なりに腹も括ってます」 「ダメだ。君は本当になにもわかってない。人の生命なんて、なんとも思ってない連中なのにっ」  夕食後、ソファーに移動してお茶を飲んでいるときのやりとりだったが、如月は途中で、感情を抑えきれなくなったように両手で顔を覆った。  優悟の死だけではない。如月はずっと、当事者の立場で秘密裡に行われている研究に関わってきたのだ。抱えている懊悩は、はかりしれない。 「もちろん、わかってるつもりです。俺自身、身をもって経験してるんですから」 「だったらどうしてっ」 「だからですよ」  批難するように睨み上げてくる眼差しを受け止め、群司は(しず)かに言った。 「俺はもう、俺みたいな人間をこれ以上増やしたくないんです。俺や俺の両親や、それから琉生さんみたいな思いをだれにもしてほしくない。琉生さんだって、そのためにずっとひとりで頑張ってきたんでしょう?」 「それは……」  群司の言葉に心の揺れを覗かせる如月に、それからもうひとつ、引けない理由があるのだと告げた。

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