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第10章 第2話

 以来、群司は時間の都合がつくかぎり如月のマンションに通うようになった。はじめはデータを複製して自分の端末に取りこむか、あるいはクラウドに落としこんで共有することも考えたのだが、万一ということもある。リスクを最小限に減らす意味でも、余計な選択肢は増やさないことにした。  如月は週末しか顔を出さないため、必然的に群司も休日は如月のマンションで過ごす。場合によってはそのまま泊まりこむこともあった。その場合、母には卒論の関係で行っている実験があり、作業のために研究室に泊まると伝えておいた。  一方で、研究アシスタントのバイトはこれまでと変わらず、週に数日程度の割合で予定を入れている。居酒屋での一件があった週明け、群司が出社すると坂巻は心底安堵した様子を見せた。  坂巻には、如月との話が済んだ後、すぐに電話をかけてフォローを入れてあった。トイレで体調が悪化した群司を、たまたまおなじ店で飲んでいた友人が見つけて自分の家に連れ帰ってくれたのだと。連絡が遅れたのはそのまま熱を出して寝こんでしまい、ついさっき目を覚ましたからだと説明して、心配をかけたことを謝罪した。  電話口で坂巻は群司の体調をひたすら気遣い、具合が悪いことに気づけなかったことを悔やんで、何度も詫びる言葉を口にした。  電話での様子も、週明けに直接顔を合わせた際も、坂巻の態度に不審なところは見受けられなかった。これまでどおり気さくで、群司の身体を心配しながらも元気になってよかったと、無事だったことを心から喜んでいるように見えた。  なにが真実で、どこからが偽りなのかがわからない。  坂巻の様子を伝えたところ、如月がそれについて所感を述べることはなかった。群司の判断に任せるという。坂巻とは仕事上の繋がりで数度言葉を交わしたのみで、その人間性を量れるほどの付き合いはないため、自分の見立てが必ずしも正しいとは言えないというのが理由らしかった。 「それでも琉生さんは、坂巻さんを疑ってるんですよね?」  尋ねた群司に、如月はそれが仕事だからと答えた。 「ほんのわずかでもアンテナにひっかかる部分があれば、すべてが警戒の対象になる。つねに動向をチェックして、疑って探って。だから彼も、そういう目で見てきた。それ以外の見方をしていないから、こちらの人物評に関しては公正さを欠く部分がある。だから君は、自分自身の目を通して見たこと、感じたことを基準に判断すればいい」 「それで俺が、坂巻さんを白だと判定したらどうするんです?」 「べつになにも」  如月の答えに迷いはなかった。  単独で潜入捜査を行っているため、如月は基本的にみずからの判断をもとに動く。万一、群司との見解の相違が任務に支障をきたすようであれば、そのときはあらためて状況を整理して検討しなおすとのことだった。  自身の意見や考えかたを押しつけることのない如月のスタンスは、一見、無関心であったり、突き放したような印象も受ける。だが、いざというとき、すべての責任を自分ひとりで負う覚悟のあらわれでもあるのだろう。  己に課せられた職責を淡々と果たす姿はストイックだが、それだけに少し心配になる部分もある。兄の件があってからはなおのこと、精神的にかかる負担が大きくなったことは想像に難くない。自分がその負担の一部でも引き受けてやれたらと群司は思っていた。

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