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第10章 第3話(4)

「あ、そういえばその後、新宿署の大島さんから連絡ってありましたか? 例の藤川って人が行方不明だとかなんとか」  苦しまぎれに思いついた話題を振ると、如月はなにも聞いていないと答えた。 「あれっきり、一度も連絡を受けていない」 「やっぱりそうなんですね。俺のほうも、連絡もらったあのときかぎりで。見つかったら連絡くれると思うんですけど、まだいなくなったままなのかな」  もう一ヶ月近く経つはずだが、となんとなく気になった。そんな群司の顔を如月がじっと見つめる。 「え? なに……?」  思わず戸惑いが声に出ると、如月は視線を落とした。 「その、傷……」 「え?」 「あのときの怪我は……」  言いづらそうに訊かれて、気にかけてくれていたのだと気づいた。 「ああ、大丈夫ですよ。もう完治してます。っていうか、はじめてこの部屋に来たときも、俺が寝てるあいだに消毒してくれてましたよね?」  あの時点でも、ほとんど治りかけていたにもかかわらず、如月は丁寧に手当てをしてくれていた。シャワーを浴びる段になって気づいて、驚いたことを思い出す。   こうして素の表情に触れる機会が増えてあらためてわかることがある。自分が斬りつけられた直後に見せた物言いたげな様子は、怪我の具合をひどく案じてくれていたのだと。  その後、余計な(くちばし)を挟むなと冷たく突き放されたが、あれもすべて心配の裏返しであり、群司を危険から遠ざけるためのパフォーマンスだったことが、いまならばわかる。不器用で、ひたむきで、ときに危うさを感じるほど融通の利かない真面目な如月を見ていると、どうしても手を差し伸べずにはいられない。  ああ、そうか、と群司は気がついた。  いま、だれよりそばにいるのは自分のはずなのに、その如月の求める相手が兄であったことを思い知らされた気がして悔しかったのだと。  これは嫉妬だ。

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