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第10章 第3話(5)

「どうしたんです、いまごろになって?」  自分の中に芽生えた感情に蓋をするように、群司は殊更、なんでもないふりを装って穏やかに尋ねた。そんな心中の葛藤を知らない如月は、自分から振った話題にもかかわらず、ひどく気詰まりな様子を見せながら答えた。 「……痕が残るようなことがあったら、申し訳ないと思って」 「もしかしてずっと、気にしてくれてました? 大丈夫ですよ、多少残ったとしても、そのうち目立たなくなります。っていうか、俺が勝手に出しゃばった結果なんで、全部自己責任です。琉生さんにも、余計なことをするなって怒られましたしね」 「あれは……っ」 「それとも、俺を疵物にした責任、琉生さんが取ってくれます?」 「き、疵物になんかしてないっ。誤解を招くようなこと言うな」  クスクスと笑う群司から、如月はプイッと顔を背ける。年上で、自分より遙かに有能で社会経験も積んでいる相手だというのに、可愛いと思えてしまう。  こんな顔を、兄にも見せていたのだろうか。それとも、兄に対してはもっと素直で、ときには甘えることもあったのだろうか。  こんなことをいちいち気にする自分はどうかしている。  胸中にわだかまる感情に、さらに拍車がかかる。 「テレビ、つけましょうか」  すべてを振り払うように、群司は立ち上がった。  これ以上余計な口を滑らせないためにも、一旦思考と気持ちをリセットさせようと思った。 「最近、新しい情報、あんま入れてないんですよね。ニュースとか見てる暇なくて」  言いながら、如月の返事を待つまえに電源を入れる。土曜の午後の半端な時間帯では、ニュースなどやっているはずもなかったが、とりあえずなにか音がほしかった。  とくに見たい番組があるわけでもなく、リモコンを手にとったまま電源の入った画面を見やる。だがその目が不意に、釘付けになった。  画面の向こうで、緊急特番が流れていた。 『松木元外相の妻 女優の樋口(ひぐち)エリナ、首相殺害未遂で逮捕』とある。  体力作りのため、ジョギングを日課としている目黒総理は、この日も昼食後の空き時間にトレーニングウェア姿で官邸を出たところ、挨拶と称して訪ねてきた樋口エリナと出くわしたという。  生前、夫が世話になったことへのお礼と、世間を騒がせ、多大な迷惑をかけたことを詫びるためにやってきたとのことで、立ち話ではなんだからと、官邸に引き返そうとした直後の惨事として報じられていた。  腹部を刃物で刺された首相は、現在意識不明の重体。SPはもちろん警護のために同行していたが、目黒自身が樋口エリナを迎え入れるようにうながした瞬間の出来事で、対応が間に合わなかったという。  樋口エリナはその場で取り押さえられて現行犯逮捕。SPたちに押さえこまれながら、意味不明の奇声を発して暴れ狂う姿が、通りすがりの視聴者によって撮影された動画として流されていた。  直前まで群司の胸中で燻っていた説明のつかない感情が一気に吹き飛ぶ。  いつのまにか傍らに来ていた如月とともに、流れるニュースに凝然と見入るばかりだった。

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