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第11章 第1話(1)

 首相の目黒は、なんとか持ち堪えて翌日意識を取り戻した。  国会は一時混乱に陥ったが、ただちに臨時閣議が開かれ、当面の運営方針に関する取り決めがまとめられた。  樋口エリナは現在も勾留中とのことであるが、夫の松木同様、取り調べが困難なほどの錯乱状態にあるという。だが、如月が把握しているかぎりで、フェリス服用者であった松木に対し、妻の樋口エリナは常用者のリストには入っていなかったとのことだった。 「え、じゃあ樋口の凶行は、フェリスとは無関係ってことですか?」 「わからない」  群司の問いかけに、如月は難しい顔で考えこんだ。  松木と樋口は二十歳近く年齢差のある夫婦で、樋口は現在、三十代後半。十代でアイドルグループのメンバーとなり、二十代前半でグループを脱退したあとは、女優に転身して順調にキャリアを重ねていた。  二十代後半で一度若手俳優と結婚しているが、数年で離婚。その後まもなく、春に催された園遊会の場で松木と出会い、約一年の交際を得て結婚している。ともに再婚同士で年齢差もあったが、報じられる範囲ではおしどり夫婦として取り上げられることが多かったように思う。  今回の凶行は、愛する夫を喪ったゆえのショックから恐慌をきたした結果とも考えられるが、症状を見るかぎり、フェリスが引き起こす異常行動のそれと類似していた。松木がフェリス愛用者であることは間違いないのだから、芸能界でそれなりの成功をおさめている妻の樋口にも、フェリスを入手する資格が与えられてもおかしくはない。当然ながら如月は、そこも踏まえて調査をしたうえで、樋口を白と判定したのだろう。だからこそ、今回の事態に不審をおぼえているのだ。 「ひょっとして松木が常用していたフェリスを、松木の死後に樋口が飲むようになった、ということは考えられませんか?」 「フェリスは基本的にオーダーメイドで、服用者の体格や体質、要望に合わせて調合を変えている。普通の医薬品同様、処方された者以外の服用は原則禁じられているし、その取り扱いについてはかなり厳しい規定がある。なにより、フェリス使用者は、たとえ身内であっても薬の存在はもちろん、服用者であることを知らせてはならない決まりになっている」 「樋口がその原則を破った可能性は?」 「ないとは言いきれないが、かなり低いと思う」  如月は否定的に答えた。  フェリスは基本、ひとりにつき一ヶ月分しか処方されない。中毒性が高いうえに、服用を怠ると遺伝子情報の書き換えはそこで中断し、体内に定着することがないままたちどころに効力が薄れるため、他者に分け与える余裕はないという。なにより、松木のような精神崩壊を起こすには、相応の服用期間が必要であり、夫の死後に飲みはじめたとしても、樋口の場合、服用期間と異常行動の度合いとが合致しないとのことだった。

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