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第11章 第1話(2)
「ああなるには、もっとまえから飲んでないとってことですか?」
「少なくとも、数年単位で」
「え? でもまだ、未完成なんですよね?」
如月は頷いた。
「完成の目処 は立っていないし、認可もされていない。というか、たとえ完成したとしても、とても認可が下りるような代物 じゃない」
それは当然だろうと群司も思う。ごく普通の人間を、超人から狂人へと変え、果ては破滅へと追いやる薬。そんなものが、人類の希望になどなり得るはずもないのだ。けれどもそれを、納得ずくで飲んでいる人間がいる。その事実に群司は戦慄をおぼえた。すべては己の欲望を満たすため――
樋口に関しては、自分の捜査に甘い部分があったのかもしれないとして、如月は再度、松木夫妻の身辺を洗いなおすことにしたようだった。だが、それからわずか数日後に、樋口エリナの訃報が伝えられる。死因は夫の松木同様に、心不全。
樋口は松木の子供をお腹に宿しており、妊娠四ヶ月だったという。
「行政解剖の結果、樋口エリナはやはり、フェリス使用者ではなかったことが判明した」
麻薬取締官ならではの特別ルートから入手した情報に、如月はふたたび難しい顔を見せた。
樋口の一連の様子は、異常行動に出てから死亡するまで、夫のそれと酷似している。如月の目を通して見ても、樋口はフェリスの影響を受けているように思えるのだろう。
「あの、あくまで可能性の話なんですけど」
群司は思いきって口を開いた。
「樋口のお腹にいた胎児が影響してたってことは考えられませんか?」
群司の仮説に、如月は驚いたように目を瞠った。
「服用者の遺伝子は、フェリスによって情報を書き換えられるんですよね? その書き換えられた遺伝子が胎児にも受け継がれていて、それが母胎にも影響を与える……なんて言うと、三文小説のネタみたいで、また研究者の道を諦めて作家にでもなれって怒られるかもしれませんけど」
苦笑した群司とは裏腹に、如月はじっと宙を見据えて動かなくなった。
「え~と、あの、琉生さん?」
「……かもしれない」
「え?」
「その可能性は充分ありうるかもしれない。今回の樋口の件がそれなら、すべて説明がつく」
如月の反応に、群司のほうが戸惑った。
「あ、え? いや、でもまさか……。ほんとに?」
もちろん冗談を言ったつもりはないが、ここまですんなり受け容れられるとは思っていなかったせいで、逆に焦りをおぼえる。だが、如月は至極真剣だった。
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