120 / 234

第11章 第1話(3)

「八神、だとしたら、すごくまずい状況かもしれない」  如月は群司を顧みた。 「今後、フェリス使用者の子供が生まれてくることがあれば、その子供は生まれながらに特異な遺伝子を有していることになる。そしてその子供が育てば、彼らの子孫にまで引き継がれていく」  考えるだけでゾッとした。生まれながらに超人でありながら、狂人としての因子も兼ね備えた人類の亜種。薬の服用によって人為的に遺伝子操作が為されているわけではないから、自然にリセットされることもない。それが徐々に人間の遺伝子の中に取りこまれ、人知れず増殖していくことになるのだ。  若さを保ち、強靱な肉体と高い知性を備えて人類を支配していく中で、ある日突然、なんの前触れもなく許容量を超えた瞬間に理性は崩壊し、狂気に塗り替えられていく―― 「プロジェクトの中で、その件についてはどういう扱いになっていたんです?」 「わからない」  群司の問いかけに、如月は無念そうにかぶりを振った。 「プロジェクトのメンバーといっても、俺は肝要な部分について関わることは許されていなかったから」  それでも如月が独自に調べあげた内容は細部にわたる。フェリスの成分分析。試験薬の調合の割合とそれぞれが発揮する効果の違い。使用者リスト及び服用履歴に基づく個人データの詳細。だが、それでもまだ、肝腎の核の部分にたどり着けていないという。兄の残したメモリーカードのデータ解析が進むにつれ、抜け落ちている情報の穴を少しずつ埋めることができるようになってきたところだった。  兄はやはり、警察官として有能だったのだとあらためて思い知らされる。  営業部に配属されてから亡くなるまでのわずかな期間で、よくぞここまで社内の機密に近づいたものだと感心させられるばかりだった。  営業ならではの仕事内容を活かして、独自に仕入れた情報量は厖大(ぼうだい)かつ多岐にわたる。おそらくは、得意先で話題にのぼった世間話などから違法薬物に繋がる情報を地道に拾い上げ、調査を進めていったのだろう。調べあげた販売ルートから、手当たり次第に現物を入手して、成分分析にかけた結果をすべて一覧にしていた。  その中からさらに特異な分子構造を持つものを抽出し、フェリスの特性と似通ったものがないかを模索する方向でデータはまとめられている。兄は理系の人間ではあったが、こういった方面は専門外だったはずである。寝る間を惜しんで必要な知識を叩きこみ、仕事に取り組んでいたことが窺える内容だった。  年末年始もずっと音沙汰がなかった理由がよくわかる。自分の足で歩きまわって情報を仕入れ、会社では如月の許に通いつめて専門知識を得る傍らで極秘プロジェクトの動向を探っていたのだろう。  入手した違法薬物のディーラーに関する個人情報と裏にひそんでいる反社会的勢力の内部構成。天城製薬との関係性の有無。  着々と真相に近づきつつあった兄は、だからこそ早々に消される羽目になったのだ。

ともだちにシェアしよう!