群司は場所を入れ替わって如月を正面に座らせると、再生ボタンをクリックした。 『琉生、やっぱりここまでたどり着けたな。おまえなら必ず、この動画を見つけ出してくれる。そう信じてたよ』 　そこに映っていたのは、まぎれもない兄、優悟の姿だった。 「ゆう、ご、さ……っ」 　如月が、囁くような声で兄の名を呼んだ。直後に引き結んだ口唇(くちびる)が、小さく戦慄(わなな)く。 『ごめんな、琉生。こんなかたちで全部、おまえに任せることになっちまって。ほんとはおまえが抱えてるものみんな、俺が引き受けて軽くしてやりたかったんだけどな。ほら、おまえって変に意地っ張りで、ひとりで頑張りすぎちゃうとこあるだろ？　そういうの、見てて危なっかしくてさ。おまえは余計なお世話だって怒るかもしんないけど、つい手を差し伸べたくなっちゃうんだよ。意地っ張りなんだけど、素直で可愛くて。短いあいだだったけど、おまえと出逢えて、一緒に過ごせて楽しかったよ』 　薄暗がりの中、ぼんやりとした街灯の光の中で兄は話しつづける。穏やかに笑っているのに、顔色がひどく蒼白いのは光の加減のせいばかりではないだろう。おそらくこれは、亡くなる直前に撮影したものなのだ。 　不自然に額や首筋を流れ落ちる汗。手もとがふるえているのか、画面が小刻みに揺れる。 　どこかの建物の壁に寄りかかって座りこみ、乱れる呼吸の合間から、それでもしっかりと己の意志を保って、兄はレンズの向こう側にいるだろう如月に向かって語りかけていた。 　己の生が終幕に向かう直前、ただひとりへの想いを動画に託す兄と、その姿を瞶(みつ)める如月。 　だれにも入りこむことのできない、ふたりだけの世界がそこにあった。 「俺、ちょっと飲み物買ってきますね」 　おなじ空間に居つづけることができなくて、群司は立ち上がった。 　食い入るように画面に見入っている如月から返事はない。おそらく群司の声は聞こえていないのだろう。動画の再生がはじまった瞬間から、如月の中で優悟以外のすべてが消し去られてしまった―― 『ごめんな、琉生』 　生命の火が消えかける中で、ただひとりに向かって発せられたメッセージ。どうしてそれを、如月と一緒に見つづけることができるだろう。あんな兄の姿も、それを受け止める如月の姿も見ていたくなくて、思わずその場から逃げ出した。気遣いでもなんでもない。ただ、そばにいることが耐えがたかったという、それだけの理由だった。 　こんなのは、らしくない。 　わかっているのに、心中に渦巻く感情を鎮めることができなくて、群司は苛立ちを募らせた。 　夢うつつに、如月が兄の名を呼んだときにはじめて芽生えた感情。 　単純に、いま、もっとも如月の近くにいる自分が入りこめない関係に対する嫉妬なのだと思っていた。しかし、そうではなかったことにいまさらのように気づく。 　これは、そんな子供じみた感情とは種類が違う。自分は如月に、惹かれているのだ。 　自覚した途端にすべてが腑に落ち、同時に深い自己嫌悪に陥った。 　こんな感情に振りまわされているときではないとわかっているのに、気持ちが掻き乱される。兄を想って泣く如月を思い起こすだけで、心が焼き切れそうだった。