マンションを出た群司は、近くのコンビニで缶コーヒーとお茶を購入したあと、目的もなく周辺を彷徨(さまよ)い歩いた。夏ももう終わりだというのに、アスファルトの照り返しがきつく、蝉の声がうるさいくらいに響きわたっている。流れ落ちる汗とは対照的に、心は次第に冷えていくような気がした。 　すぐには戻りたくなくて。けれども、如月をあのままひとりにはしておきたくなくて。 　さまざまな葛藤や雑念に追い立てられるように群司は歩きつづけた。 　ようやくマンションに戻ったのは、それから一時間ほどしてからのことだろうか。気持ちの整理は結局最後までつかず、部屋に入ることが躊躇(ためら)われて玄関先で座りこんだ。 　扉の向こう、リビングの奥に人の気配はあるが、物音はほとんどしない。如月はどうしているのだろう。ひとりで解析作業を進めているのか、兄の残した動画を繰り返し観ているのか。 　群司の携帯は沈黙したままで、少なくとも買い物に出たまま戻らないことを、気にしている様子はなかった。 　玄関に座ったまま、靴を脱ぐことも家に上がることもできなくて、群司はすぐ横の壁にもたれて深々と嘆息を漏らした。いったいなにをしているのかと自分でも情けなくなる。時間ばかりが過ぎていく中、不意に背後のドアが開いてビクッと身をふるわせた。 　反射的に振り返ると、廊下の向こうでドアノブに手をかけた如月が驚いたようにこちらを見ていた。 「あ～、えっと、ただ、いま？」 「そんなとこで、なに、して……」 「なにって、べつに。ちょっと休憩？　みたいな」 　群司はしかたなく立ち上がった。 「動画、見終わりました？」 「え？」 「兄貴との時間、邪魔しちゃ悪いかなって思って、なんか入りづらくて」 　言った途端に如月は顔を背けた。その態度に、チクリと胸に痛みが奔る。 「琉生さん、俺のこと忘れてたでしょ？　俺がいないことに気づいてなかった、それとも俺がいたことすらすっかり忘れてた。どっちかな」 　群司は皮肉げに呟いた。 「八神、あの……」 「俺、今日は帰りますね」 「……え？」 「作業、つづける気分じゃないでしょ？　今日はもう、やめたほうがいい」 　言って、足もとに置いてあったコンビニの袋を差し出した。 「これ、差し入れ。お茶とコーヒー。もう、だいぶぬるくなってるかもしれないけど」 　如月は、戸惑いの色を浮かべながら近づいてきた。 　群司の差し出す袋を受け取ろうと伸ばされた手首をすかさず掴む。咄嗟に引っこめようとする腕を、群司はさらに強く掴んで引き寄せた。