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第11章 第2話

「な~、群司~、おまえ最近付き合い悪くね? たまには飲み行こうぜ~」  大学の図書館で卒論用の文献を探していると、おなじゼミの須藤が声をかけてきた。 「悪い、パス。こないだバイト先で飲みに行ってやらかしたから、しばらくは断酒する」 「え~、なんだよケチ~。群司くん冷たい~! ってかさ、おまえが酒で失敗とかめずらしくね? いつも俺らがどんだけ羽目はずしてても、おまえひとり平常運行じゃん」 「たまにはそういうこともあるんだよ」 「あ、もしかしてパワハラ? 俺の酒が飲めねぇのか~っつって無理やり飲まされたとか」 「違う、そういうんじゃない。ってかおまえ、静かにしろ。図書館だぞ」 「知ってるけどさぁ。だって群ちゃん、最近全然かまってくれないんだもん」 「やめろ、懐くな」  背後から抱きついてくる同級生を、群司は邪険に振り払った。 「じゃあさじゃあさ、飲まなくていいから一緒にメシ食ってカラオケ行こ?」 「だから――」  言いかけた群司は、ふと口を噤んだ。  あれから如月のマンションへは一度も顔を出していない。関係が気まずくなってからすでに五日。如月は週末にしか部屋を訪れないとわかっていても、どの面下げて出入りすればいいのかわからず、足が遠のいていた。  如月からの連絡は一度もなく、こちらからもなにもできないまま時間だけが過ぎている。明日は土曜で、いつもなら週末は、ふたりで平日のうちに群司が作業したぶんの進捗を確認しながら解析を進めるのが常だった。  本来であれば、明日はいつもどおりに出向いて先日の件を詫びるのが筋だろう。研究アシスタントのバイトで会社に顔を出しても、部署の違う如月と顔を合わせることはほとんどない。実際、今週はまだ一度も姿を見かけていなかった。  あんなことをしでかした挙げ句に、たったひとりその場に置き去りにして逃げたのだ。如月はいったい、どう思っただろう。  もう充分すぎるほど遅きに失した感はあるが、これでまたタイミングを逃せば、如月との縁は完全に切れることになる。来年、群司が天城製薬に入社したとしても、ただの同僚のひとりでしかなくなることは充分予測がついた。  わかっているのに、肝腎の一歩が踏み出せない。謝ることができないのではなく、冷静に如月と向き合える自信がないのだ。顔を見て、想いが募ればまた如月を自分のものにしたくなる。こんな一面があることを、群司はいままで知らなかった。 「なぁ、群司~」  腕を揺さぶられて群司は我に返る。 「わかった、いいよ。今日はこのあとバイト入ってるからダメだけど、別の日なら」 「マジで? じゃあさ、明日は? ちょうどみんなで集まる予定あんだけど」 「いいよ」  考えるより先に、返事をしていた。同時に、己の弱さに嫌気が差す。これでは兄とおなじ土俵に上がることすら適わない。それでも群司は己の感情に蓋をし、見て見ぬふりをすることにした。 「よっしゃ! 明日は群司も飛び入り参加決定な。近松たちにも連絡しとくわ。あ、ドタキャンはなしだぞ? 俺らの友情にヒビが入るからな?」 「わかったわかった」  苦笑する群司に、須藤はまたあとで詳細を連絡すると言い置いて去っていった。  静かになった閲覧ブースで、群司は深々と嘆息する。 「最低だな、俺」  苦い呟きは、だれに聞かれることもなく虚空に消えた。

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