先週までほぼ毎日通いつめていた部屋なのに、いまさらのように緊張をおぼえた。落ち着かない気分のまま部屋に入った群司は、しかしそこで、わずかに息を呑んだ。 　使用済みのカップや飲み残しのペットボトル。ゴミ箱に突っこまれたコンビニ弁当の容器。 　室内の様子はどことなく雑然としていて、そこで生活していたあとが窺えた。 「え、もしかして琉生さん、今週、ずっとこっちで寝泊まりしてました？」 　群司が尋ねても、如月はすぐ傍らでむっつりと黙りこんでいる。眉間の皺が、かすかに寄っていた。 「なんで……。だって素性がバレないように、平日はこのマンションには寄らないようにしてるって……」 「おまえがいつ来るかわからないからだろっ」 　ぶっきらぼうに言われて、群司は言葉を失った。やはり目を合わせようとしない如月の横顔を、まじまじと見やる。 「……ひょっとして俺のこと、待っててくれたんですか？」 「……待ってない」 「俺のこと、気にしてくれてた？」 「気にしてないっ」 　如月はどこまでも不機嫌に言う。その首筋がかすかに赤くなっていて、群司の胸に、なんとも言えないあたたかな気持ちがこみあげた。 「琉生さんのこと、抱きしめてもいい？」 　群司の言葉に、如月は驚いたようにわずかに身を引いた。そんな如月に笑いかけながら、群司は軽く両手をひろげる。 「仲直りのハグ」 　そのさまをじっと見ていた如月は、プイッと横を向いた。 「べつに、喧嘩してない」 「うん。でも俺が変に感情こじらせたせいで琉生さんに嫌な思いさせちゃったから、上書きさせて？」 「べつにそんなの、必要ない」 　言いながらも、半歩にも満たない距離、群司に近寄ってくる。それを了承の意ととって、群司は自分から近づくと如月の躰をそっと抱きしめた。 「あんな乱暴な真似して、すみませんでした。もう二度としないって誓います」 　抱き返してくることこそなかったが、如月は群司の腕の中におとなしく身を預けていた。 「べつに怒ってない」 　肩口に額をもたせかけて顔を伏せたまま、静かに言う。群司はその髪を、そっと撫でた。 「ありがとうございます。俺、これからも手伝わせてもらっていいですか？　あなたが嫌じゃなければ、解析作業、つづけさせてください」 「……嫌だったら、最初から出入りさせてない」 「ですね。すごく感謝してます」 　言ったあとで、ふっと苦笑を漏らした。 「俺ね、いままで付き合ってきた相手が合コン行っても、ほかの男と仲良くしてても、全然気にしたことなかったんです。自分が相手を信頼してればいいことだからって。けど結局、いつもフラれるんですよね。あたしのこと、そんなに好きじゃないんでしょって言って責められて。不誠実だったわけじゃないのに、なんか理不尽だなって思ってて、でもそれでくよくよ悩むことも、傷つくこともなくて」 　わずかに顔を上げた如月が、群司を見上げる。 「だけどやっぱり、誠実じゃなかったのかも」 　如月の顔を見返した群司は、苦笑を深くした。 「たとえばいま、琉生さんが合コンに行ったらメチャクチャ気になるし、ほかのだれかと親しくしてたらすごい嫉妬すると思う。そういうの、いままで付き合ってきた子たちに感じたこと、一度もなかった。俺いま、琉生さんに嫌われたくなくて、すごい必死」 　如月は途端に、いたたまれなさそうに視線を逸らして群司の胸を押しのけた。 　ほんの少し、押し返す程度の力の入れかただったが、群司はすぐに抱擁を解いて如月を解放した。