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第12章 第3話(1)

 近所のスーパーで材料をそろえ、手早く作った冷やし中華をふたりで食べた。はじめて作った錦糸玉子は、なかなかいい出来だったように思う。  泊まってもかまわないというので、食後の片付けをしたあとは如月に先にシャワーを使ってもらうことにして、群司は母に連絡を入れるとノートパソコンを開いた。解析作業ももちろんだが、まずは例の動画を見ておこうと思った。 『ごめんな、琉生』  謝罪から入る兄のメッセージは、残された時間が少ないことを察してか、すぐに本題に入った。  兄が調査を進めてきた中で把握した事実。それは、フェリスの効能をより多くの人間で試すため、その廉価版を市場にばらまきはじめたということだった。  リストに挙げた違法薬物のディーラーの中でも、とりわけ関東一円を取り仕切る暴力団、双龍会に連なる者たちが密売にひと役買っているという。それはすなわち、双龍会と天城製薬との黒い繋がりを示していた。  気分がよくなる。一時的に能力がアップする。薬の効果がつづくあいだだけ、思い描いた理想の自分になれる―― 『臨床データを集めるためでもなんでもない。奴らがやっているのは、ただのテロ行為だ。それと知らずにフェリスを体内に取り入れた人間は、一度味わった蜜の味が忘れられずに、どんどん底なしの沼へと嵌まっていく。自分の中に、生命の期限という時限装置が埋めこまれたことさえ知らずに……』  ふるえる身体。乱れる呼吸。  流れ落ちる汗の量はさらに増え、おそらくはただそこに座っていることさえきつい状態のはずなのに、兄は最後の力を振り絞り、話しつづける。こんなことが許されてはならないのだと。 『指示してるのは、すべて、ひとりの人間だ。奴はなにもかも承知のうえで、人類を淘汰し、支配下に、おさめ……としてる。人間の皮をかぶった…魔を、このまま野放しに、……ておくことはでき、な……』  掠れる声。乱れる画像。 『データには残せなかっ…が、黒幕は天城――で間違いない。本物はすで…し……でる』  握っていたスマホを取り落としたのか、画像が大きくぶれて兄の姿が消える。同時に派手な音が響いて肝腎の音声を掻き消した。ひょっとすると、座っていることができなくなって地面に倒れこんだのかもしれない。  暗闇を映す画像がさらに揺れ動く。  落としたスマホを握りなおして、引き寄せる気配。それでも兄の姿がふたたび画面の中に戻ってくることはなかった。

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