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第12章 第3話(2)

『琉生、ごめんな……。ほんとごめん。あとのこと、頼むぞ。けどおまえは、生き残れよ。絶対生きてくれ。――おまえの幸せを、祈ってる。心から……』  どこかの壁を映しながら、途切れ途切れに聞こえる音声のみのメッセージ。  動画はそこで終了となった。  録画時間は五分にも満たない。  ――兄貴……。  なにをどう言えばいいのかわからなくて、群司は天井を見上げた。喉の奥に熱いものがこみあげてきて、ギュッと目を閉じる。  しばらく奥歯を噛みしめ、感情の昂ぶりがおさまるのを待ってから画面に目を戻した。一度深呼吸をして、あらためて最後の部分を再生する。画像が乱れ、音声が途切れる場面。  何度聴きなおしても、音量を調節し、あるいは再生速度を落としてみても途切れた内容は聞き取れない。ちょうどそこに、風呂から上がった如月が戻ってきた。  群司の様子をひと目見て、すべてを察したのだろう。入り口で足を止めた如月の顔が硬張った。 「琉生さん、この動画、最後まで見た?」  尋ねた群司に、如月は硬い表情のまま頷いた。それから、意を決したようにゆっくりと近づいてきた。 「あなたが今日、歌舞伎町にいたのは、これを見たからだったんですね」  廉価版のフェリスを扱う売人の元締めとして名前の挙がった双龍会は、歌舞伎町を中心とする一帯に拠点を置いていた。 「ごめん。俺、これ見たあとのあなたを独りにしちゃったんですね。そのあともずっと放置して、あなただけに危険な真似をさせるところだった」  なにも言わずにすぐ傍らまで来た如月は、やはり無言のまま群司の隣に腰を下ろす。シャンプーとボディーソープの香りがふわりと周囲に漂った。 「たったひとりでつらい思いさせちゃって、すみませんでした」  支えになりたいが聞いて呆れる。自嘲気味に呟く群司をじっと見ていた如月は、不意に身を寄せると、群司の肩に頭をもたせかけてきた。 「おまえはべつに、なにも悪くない」  驚く群司を余所に、目の前の画面を見つめたまま囁くように言う。はじめて兄の動画を見た群司に対する、如月なりの精一杯の慰めだったのかもしれない。 「最後の画像が乱れるところ、内容聞き取れました?」  ややあってから群司が尋ねると、如月は群司にもたれかかったまま小さくかぶりを振った。 「いちばん肝腎なところがわからずじまいですね。まあ、そのぐらいは自力で調べあげないと兄貴に申し訳が立たないかな」  低く笑いながら、腕を伸ばして傍らにある手を握る。如月は嫌がるそぶりを見せることなく、その手をそっと握り返してきた。 「金曜に会社行ったら、坂巻さん、忌引き休暇取ってました。奥さん、亡くなったそうです」  それ以上説明しなくとも、群司の言わんとしていることを理解したのだろう。如月はそうかと呟いた。 「いろいろはっきりさせて、決着をつけましょうね」  群司の言葉に、如月はうんと頷いた。  互いに寄り添って痛みを分け合うような、静かな時間が流れた。

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