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第13章 第3話(4)

 気持ちを確かめ合うような口づけのあと、ゆっくりと口唇を離すと如月は力が抜けたように群司にもたれかかり、肩口に頭を預けた。  かすかに乱れた息が、次第に整っていく。上気した頬が(なま)めいて美しかった。 「ね、琉生さん、提案があるんですけど」  如月の躰を抱きしめたまま、群司はその耳もとで静かに話しかけた。 「兄貴の録音データ、専門の機関に分析を頼みませんか?」  途端に如月は、ハッとしたように身を起こして群司を見上げた。 「ノイズを除去して、聴き取りづらい部分をより明確に拾い上げてもらって」 「八神、それは……」 「もちろん琉生さんが所属してる組織にも専門の解析機関があるんでしょうけど、あのデータだけ分析に出すわけにはいかないですよね? それに、どこでどう情報が漏れるかわからない」  上層部の中で、フェリスの恩恵をこうむっている者に情報が伝われば、これまでの苦労がすべて水の泡になる。 「でも創立記念パーティーまであと半月だし、それまでにある程度、不明瞭な部分を潰しておいたほうがよくないですか?」 「そう、だけど……」 「最近、変にキレる奴が急増してますよね。あれ、例のフェリスの廉価版の使用者なんじゃないかって俺は思ってるんですけど」  突如街中で奇声を発して凶器を振りまわし、周辺にいる人々に無差別に襲いかかったり、運転していた車を暴走させて対向車線や歩道、店舗に突っこむといった事案が都市部を中心に多発している。いずれも、特権階級のフェリス愛用者が引き起こしている事件と酷似していた。 「質を落として不純物を増やしているうえに、依存性が高くて乱用するから、精神崩壊に至る期間も短くて人体への負担もはかりしれない。これ以上、中毒者を増やさないように、できるだけ早く食い止めないと」 「もちろん、わかってる」  頷きつつも躊躇いを見せる如月の手を、群司は握りしめた。 「新宿署の大島さんの伝手でね、音声分析をしてくれる研究所を紹介してもらえそうなんです。聞き取れなかった最後の部分だけ、分析をお願いしてみませんか?」  嫌なら無理にとは言わない。  あくまでも如月の気持ちを尊重すると群司は言い添えた。 「警察だって当然信用はできないけど、少なくとも俺は警察の人間じゃないんで、俺個人が依頼すれば多少はリスクが軽減できると思うんです」  群司の言葉にじっと耳を傾けていた如月は、しばらく考えこんだ後にわかったと小さく呟いた。 「たしかに時間的猶予はないから、おまえに任せてみる」 「ありがとうございます」  群司は顔を傾けると目の前の白い頬にチュッと音をたててキスをした。こういったことに不慣れなのか、如月が肩を竦めてビクッとする。そんな緊張を見せる躰を引き寄せて額にもキスを落とすと、如月は諦めたように群司に身をもたせかけた。  すべてを自分に託してくれる如月の信頼に応えたい。腕の中のぬくもりを心地よく感じながら、群司は己の為すべきことに思いを巡らせた。

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