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第13章 第4話(1)
池畑音響研究所。
大島の紹介で音声分析を依頼することになった専門機関は、文京区に拠点が置かれていた。
十月の第二週にあたる木曜の夕方、群司は事前にアポイントを取ったうえで池畑研究所を訪ねた。代表者の池畑は、もともと警察庁の付属機関である科学警察研究所に所属していたという。十年前、警察庁を退職した後に法科学鑑定を専門に扱うこの機関を開設したとのことだった。
簡単な挨拶の後、今後の作業の流れとおおよその見積もりについて説明を受け、持参した記録メディアを預ける。現在、鑑定依頼が立て込んでいるとのことで、分析結果を出すまでに最短でも一週間から十日はかかるという。実質、代表者の池畑とスタッフ二名で切り盛りしている関係上、ある程度の猶予をもらいたいとのことだった。おそらくは、フェリス使用者がらみの事件が多発している影響もあるのだろう。
できるかぎり早めに作業に取り掛かると請け合ってくれた池畑に礼を述べ、研究所を辞した群司はその足で新宿へと移動した。暗号化されたデータの解析作業が終了してからこちら、平日の夜は歌舞伎町に通うのが日課となっていた。ある目的のためである。
天城邸での創立記念パーティーまでに成果が出せるかどうかは微妙なところだったが、やれるだけのことはやろうと心に決めていた。
そうして通いつづけること二週間。兄の残してくれた情報のおかげで思っていた以上にうまく事が運び、目的を遂げたところで創立記念パーティー当日を迎えた。
「すみません、結局音声分析は間に合いませんでした」
事前に打ち合わせておきたいことがあるからと、あらかじめ約束を取りつけて午前中のうちに如月のマンションを訪れた群司は開口一番に謝罪した。
予定されているパーティーは午後六時からはじまる。できればそれまでに分析結果が上がることを期待していたのだが、池畑音響研究所からは連絡がないまま週末を迎えてしまった。
「依頼が立て込んでいるという話だったし、こればっかりはしかたがない」
ある程度予想はしていたのか、如月はごく淡々と報告を受け入れた。だがそれとはべつに、顔を合わせてからこちら、妙にそわそわと落ち着かないそぶりを見せていた。
「琉生さん、なんか気になることでもあります?」
群司が尋ねると、如月はあきらかに動揺した様子で視線を泳がせた。膝の上にあった手がきゅっと握られる。
ローテーブルを挟んで如月の座るソファーの斜向かいのラグマットに胡座をかいていた群司は、立ち上がると如月の隣に座りなおした。途端に、細身の躰が向こう側へとズレた。群司のためにスペースを作ったというより、よけられた気がした。
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