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第13章 第4話(5)

「勝手に動いた理由はほかにもあります。藤川のこともあるし、なにより、坂巻さんのことが気になっているので」  忌引き休暇を取っていた坂巻は、結局その後、一度も出社することがないまま先月末で退職していた。  坂巻班のあいだではかなりの動揺が奔り、いまだにバタバタと落ち着かない日々を送っている。電話をしてもいっさい繋がらず、メッセージを入れても既読がつかない。自宅を訪ねてみても在宅している気配がまるでないとのことで、主任代理を務める豊田もほとほと困り果て、心配しているようだった。 「考えすぎかもしれないけど、兄貴のときと似てる気がするんです」  群司は如月の背中に訴えかけた。  ある日突然、電話一本で会社を辞め、姿を消したことになっている営業部の伊達。 「奥さん喪って、精神的に参ってたっていうのもあるかもしれないけど、あんな辞めかたをする人じゃないと思うんです。坂巻さん、フェリスのこと探ってたっていう話でしたし、突然退職したのは、むしろそっちに関係してるんじゃないかって疑ってて」  如月は振り向かない。 「なんかそういうの、いろいろ考えてたらいてもたってもいられなくて。兄貴のあの動画見たから、余計かもしれません。もうこれ以上、あんなかたちで犠牲になる人を出したくないんです。なんとしても食い止めなきゃって。でも俺が間違ってました。あなたになんの相談もしないで、勝手なことをすべきじゃなかった。俺が動いたせいで、あなたの仕事に支障が出ることだって充分あり得るのに」  群司はさらに如月に近づいた。 「琉生さん、お願いだから機嫌直して。もう二度と相談なしに、心配させるような真似しないって約束します」  背後から抱きしめると、如月は黙ってそれを受け容れた。 「ね、こっち向いて。それとも俺のこと、顔見るのも嫌?」  群司が抱擁をゆるめて懇願するように腕をとると、如月は誘導されるままゆっくりと躰の向きを変える。群司はその躰を、正面からそっと抱きしめた。 「ほんとにすみませんでした」 「この次やったら、絶対許さない」 「うん、もうしません」  はじめは硬張っていた如月の躰から、次第に力が抜けていく。気持ちをなだめるように背中をさすると、ようやく安堵したように身をもたせかけてきた。 「優悟さんがいなくなったときみたいな思いは、もう二度としたくない」 「わかってます。あなたにあんな思いは絶対させない。あんなふうに泣かせるなんて思ってなかったから、すごく反省してます」  群司の言葉を聞くなり、如月の額が肩口に押しつけられた。胸もとにあった手が、ギュッと握られる。 「俺だってあそこで泣くなんて思ってなかったっ。学生のおまえに翻弄されて、あんな感情的になって。すごいカッコ悪い」  もうやだと呟く如月の耳もとに群司はキスを落とした。 「そんなことないですよ。それだけ真剣に思って心配してくれたってことでしょう?」  俯いている如月の頬に手を添え、自分のほうに向けさせる。視線を絡ませ、赤みの残る目もとを親指の腹でそっと拭って顔を傾けると、如月は降ってくるキスを待ち受けるように目を閉じた。

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