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第14章 第3話(1)
ふと気がつくと、あたりはすっかり暗くなっていた。
一瞬、状況がよく呑みこめず、群司は茫然とする。それからあわてて身を起こした。
「琉生さん?」
腕に抱いていたはずの如月の姿はどこにもなく、気配も感じられなかった。
どういうことかとベッドから起き上がろうとして、嫌な感じをおぼえた。かつて一度、味わったことがある感触。
薄闇の中、布団をどかして足もとを見ると、足首に革のベルトが巻かれていた。そのベルトには当然、太いチェーンが繋がっていて――
「やられた……」
額に手を当てて俯いた群司は、低く呻いた。
深々と溜息をついて、ナイトテーブルにある空のペットボトルを見やる。頭の芯に重い痛みが残っていて、考えられる原因はひとつしか思い浮かばなかった。群司がシャワーを浴びているあいだに、ミネラルウォーターの中に睡眠薬が混ぜられていた。そういうことだろう。
サイドボードに置かれた時計は午後六時半過ぎを指していた。むしろ、この時間に目覚めることができて幸いだったと言うべきかもしれない。おそらく水の味が変わることを警戒して、溶かす薬の量が少なかったのだ。
さてどうしたものかと思案を巡らせた。
足首から伸びている鎖はある程度の長さがあったので、ベッドを降りて部屋の電気をつける。鎖はかなり太いもので、アイアンベッドの足もとの鉄柵に何重にも巻き付けられて大きな南京錠で固定されていた。
なにがあっても群司を天城邸へは行かせないという如月の強い意思が感じられた。だが群司とて、おとなしく繋がれたまま如月の帰りを待つわけにはいかなかった。
あたりを見渡して、ナイトテーブルわきの椅子に目を留める。そこに掛けられている衣服を見て、今日がスーツでよかったと心底思った。
皺にならないよう丁寧に掛けられているのは、如月の仕業だろう。そこからネクタイピンを取り出してチェーンを引きちぎり、その先についているボタン掛けの金具に圧を加えて変形させる。先端を細くして鉤状にしたものを南京錠の鍵穴に差しこんだ。
ベッドの柵と足首に巻かれている革ベルトと。専門家ではないので時間はかかったが、それでもどうにかふたつの鍵を開けることに成功し、群司はホッと息をついた。
時刻はすでに十九時をまわっており、急いでスーツに着替えて部屋を出る。リビングに足を踏み入れた瞬間、電話の着信音に気づいて群司は首を巡らせた。
ローテーブルに置かれた電話が着信を告げている。群司の携帯だった。
大股に近づいて画面を見ると、新宿署の大島の名前が表示されていた。
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