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第15章 第1話(4)

 その後も芸能関係者、政治家、国内外を含めた大手企業役員、大学教授等々、さまざまな業界の人間を紹介されるたびに挨拶を交わし、瞬く間に時間が過ぎていった。  もらった名刺でスーツの内ポケットがいっぱいになってきたころ、 「申し訳ありません、少々よろしいでしょうか」  スタッフのひとりと思われる黒服の男が近づいてきて、天城瑠唯に背後から控えめに声をかけた。  周囲の人々ににこやかに挨拶をして、輪からはずれた位置に移動する。男が片手を添えて顔を寄せ、なにごとかを耳打ちすると女王然とした天城瑠唯の顔色があきらかに変わった。だがそれも束の間、ふたたび口許に優美な微笑を浮かべると、 「ちょっと失礼しますわね」  自分に注目している人々に断りを入れ、男とともに会場をあとにした。  その様子を見届けた群司も、さりげなくその場を移動する。だが、会場を出ようとしたところで不意に呼び止められた。 「すみません、KTテレビの者なんですが、少しお話を伺ってもいいですか?」 「あ、すみません。僕は社員枠での出席なので、インタビューならほかの招待客の方にどうぞ」  唐突にカメラとマイクを向けられて、群司はたじろぎつつも断ろうとした。その目が、カメラを構えている人間を何気なくとらえる。途端に息を呑み、思わず瞠目した。群司のその様子に気づいた相手が、意味深に口の端を上げて小さく頷いた。  なぜこんなところに、と驚きはしたものの、なんらかの意図があることは間違いない。理解したところで、いまはそしらぬふりでやり過ごすことにした。 「あ~、そうなんですね。突然失礼しました。お忙しいところ恐縮です」  調子よく愛想笑いを浮かべたインタビュアーが群司から離れていく。こちらはまったく知らない人物だったが、その際、さりげなくスーツのポケットになにかを入れていった。気づきながら、群司はなにくわぬ顔で彼らをやり過ごし、そのまま大広間の外に出た。不審なやりとりと映らぬよう、ひとまず渡されたものの確認は後回しにすることにした。  先程と変わらず、多くの招待客で賑わうホールに天城瑠唯の姿はない。おそらく、人目につかない場所へ移動したのだろう。  出掛けに確認した、解析済みの音声データの内容が脳裡に甦る。  事実を知ってなお、間近に接した天城瑠唯の中に違和感を見つけ出すことはできなかった。だが、黒服の男がなにごとかを耳打ちした瞬間、ほんのわずかに見せた表情の変化がすべてを物語っていた。  生まれながらに難病を患い、この城のような邸宅で、文字通り深窓の姫君として大切に守られてきた令嬢。  ざっと見渡し、方角を見定めた群司は建物の奥に足を向けた。

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