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第15章 第2話(2)

「今宵、特別な方々と特別な時間を共有できる幸せに、歓びを噛みしめております」  天城瑠唯が話しはじめると、瞬く間に拍手が小さくなって聴衆たちの意識が集中した。 「皆様もご存じのように、わたしはかつて一度、この生命を手放しました。望んでそうしたわけではありません。そうせざるを得なかったからです」  迂遠な言いまわしでありながら、その言葉には重要な真実が含まれていた。同時に群司は理解する。この場にいる者たちは皆、天城瑠唯の『真実』を知る者なのだ。そしてそこに、自分と如月も加えられている。つまり先方は、自分たちをそういうものと見ているのだ。 「以前のわたしは、なぜこの世に生を受けたのか、その理由も見いだせないほど苦痛のただ中でもがき、絶望の淵を彷徨いながらかろうじて息をしているだけの存在でした」  天城瑠唯の演説はつづく。 「人生を呪い、運命を憎み、抗うことも立ち向かうこともできない己の弱さを嘆くばかりの日々。けれども、そんな地獄のような日々に、ある日突然、ひと筋の光明が差したのです。皆様、ご覧ください。これが病に冒されていたころの天城瑠唯の姿です」  その言葉を合図に、舞台奥のスクリーンにある人物の姿が映し出される。途端に、会場内からどよめきが起こった。  写真の人物は、棒のような細い手足に反して顔と腹部がパンパンに腫れ上がり、風船を膨らませたような状態になっていた。膨張した皮膚の中に目鼻が埋もれ、皮膚そのものも炎症によって真っ赤に爛れている。見ているだけで痛々しいその姿は、とても壇上にいる人物と同一とは思えなかった。 「これが、在りし日の天城瑠唯という人間の姿なのです。強い薬の副作用によって、容姿は原形をとどめないほど醜く変形し、それでもなお、完全に症状を抑えこむことができずに皮膚は焼け爛れたようになっている。どれほど細心の注意を払って過ごしていても、ほんのちょっとした気候の変化、生活のリズムの変化でたちどころに症状が悪化して生死の境を彷徨う。そんな、片時も気の抜けない毎日でした」  けれども、いまは違うと壇上の人物は昂然と胸を反らした。 「わたしはこうして、不死鳥のように甦ることができました。ある『奇跡』と巡り会うことができたからです」  その言葉に、ふたたび歓声と拍手が沸き起こった。 「十六歳。それが神様がわたしに与えてくださった、本来の寿命でした。けれどもいま、わたしは病を克服し、一度は手放した生命をふたたびこの手に掴みなおして第二の人生を歩むことができるようになったのです」  拍手がさらに大きくなった。

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