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第15章 第2話(3)

「現在、わたしは二十七歳になります。本来の寿命を十年以上も(ながら)えて、かつては望むこともできなかった普通の生活を送ることができているのです。それもすべては、《フェリス》という魔法に出逢えたからこそ」  舞台の中央に移動した天城瑠唯は、そこからあらためて客席に向きなおった。同時に、その背後で緞帳が下ろされる。 「この場にいらっしゃる皆様は、わたし同様にフェリスの恩恵に預かり、とりわけ多くの奇跡を体感なさった方々ばかりです。そんな奇跡と幸運を分かち合う同志の皆様のために、今宵は特別な趣向をご用意いたしました」  シャンパンゴールドのドレスに照明の光が反射して、天城瑠唯そのものが輝きを放っているように見える。 「フェリスはいまもなお研究が進められている開発途上の新薬ではありますが、それでも日々進化を遂げ、着実な成果を上げつつあります。本日はその成果の一部を皆様に披露するため、このような場を設けさせていただきました」  一度下ろされた緞帳がふたたび上がる。その背後に、どういうわけか格闘技のリングを思わせる囲いが設置されていた。 「我が社のプロジェクトチームによって開発されたあらたなフェリスは、その即効性の高さが売りになっております。一度の服用で、いったいどれほどの効力が認められるものなのか、皆様ご自身の目でご確認いただければと思います」  天城瑠唯は舞台袖に下がっていき、かわりに上手と下手、両サイドから三人の男たちが登場する。ひとりは屈強な、いかにもリングに上がるのに相応しい格闘家といった風情の男だった。そしてその反対側から現れたふたり組のうち、ひとりは黒いスーツ姿のスタッフと思しき男で、その男に抱えられるようにふらふらと登場したのは、貧相な体躯の――群司はそこで愕然とした。  スタッフの男に連れてこられたのは、渋谷の繁華街で姿を見失った藤川だった。  いったいなにが行われようとしているのか。  なんの情報を得ていなくとも、これから起こることがまっとうでないことは群司にもわかる。そしてその予想は、見事に的中した。  格闘家ふうの男がリングに上がると、黒服のスタッフが藤川になにか錠剤のようなものを手渡した。藤川はそれを、虚ろな目をしたまま口に含むと差し出されたペットボトルの水で飲み干す。それを見届けたところで、黒服の男は舞台の袖に消えていった。場内が静寂に包まれていたのはわずか数十秒。客席にいる全員が見守る中、変化は唐突に訪れた。  ぼんやりとその場に立ち尽くしていた藤川の躰が、遠目から眺める群司にもそれとわかるほど大きく痙攣した。ふらふらとおぼつかなかった両足を突如踏ん張り、直後、天を仰いだその口から獣のような咆吼が放たれる。同時に、腕や足が何倍にも膨れ上がり、身体の厚みも増していった。  Tシャツの下でひょろひょろと貧弱だった体躯が見る間に巨大化して布地を破りそうな勢いで発達し、その変化を目の当たりにした観客のあいだからどよめきが起こった。

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