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第16章 第1話(6)

「この姿で抱いてやると、妻はとても悦ぶんだ。娘が帰ってきたことを歓び、私に愛されることを悦んで噎び泣く。夫婦の絆と、親子の愛情がより強まる、至福のひとときだよ」  その愉悦の表情に、鳥肌が立った。  病んでいるのは夫人だけではない。それ以上にこの男もまた、心の裡に狂気を宿しているのだと、あらためて思い知った瞬間だった。  こんな人間が創り出したものに、世界はいま、支配され蝕まれようとしているのだ。 「あんたは間違ってる。フェリスは奇跡をもたらす物質なんかじゃない。博士は、自分の生み出したものが人類にとってどれほど危険かわかっていたからこそ、研究を中止して、すべてを破棄しようとしたんだ」 「どんな危険なものでも、使いかた次第でいかようにも有効活用できる。核やニトログリセリンがその最たるものだろう?」  うっすらと張りついた笑みが、説得の不毛さを物語っていた。 「さて、そろそろ次のステージと行こうか」  会話を打ち切り、思わせぶりに言った天城嘉文はモニター画面のひとつを見やった。ステージ上を映す画面の中で、先程まで暴れ狂っていた藤川が蹲っていた。心なしか、先刻より身体が萎んでいるように見えた。 「そろそろ薬が切れてきたかな。即効性は高いが、持続性はさほどでもないのでね」  ショウに適した容量にしてあるのだという。 「次はさらに見物だよ。成人男性をフェリスの力で女性化させるという初の試みなんだ。催淫剤も併用させて、発情したところを複数の男たちでたっぷり可愛がって本物のメスにしてやろうと思ってね。すごいだろう? わざわざ手術を受けなくとも、性転換さえ可能にする。フェリスとは、まさに魔法の薬だよ」  悪趣味このうえない趣向を得意げに語る。その目が、思わせぶりに群司を見やった。 「早乙女くんは、随分と美しい貌立(かおだ)ちをしていたんだねえ」  群司の心臓が大きく跳ね上がった。 「さすがの私も見抜けなかったよ。地味で真面目なだけが取り柄の冴えない研究員。能力はずば抜けて高かったが陰気でだれとも馴れ合わず、だがそれがかえって胡散臭かった。ひと皮剥いた素顔が、あれほどの美貌とはね。私は娘をこの世のだれより美しいと思ってきたが、まさかその認識をあらためることになるとは思いもしなかった」  天城嘉文はクツクツと嗤った。 「彼が女性となって男たちに蹂躙されるさまは、さぞ見ごたえがあるだろうねえ。想像しただけで興奮してくるよ」 「な…っ!?」 「本当はそのまえに、もう一種類、別の調合をしたフェリスで異なる効能を試す予定だったんだけれどね。残念ながら捕まえていた獲物が逃げてしまって、予定を繰り上げざるを得なくなったんだ。だけどそのぶん、たっぷりと淫らな饗宴に時間をかけることができる。薬の力で女性の身体になった彼がはじめてアソコに男を受け入れ、啼き乱される姿は、さぞ見る者に淫靡な愉悦をもたらしてくれることだろうね」

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