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第17章 第1話(4)
「随分寂しい思い、させちゃったなぁ。あいつがこんなに早く逝っちゃうなんて、思わなかった。俺、最低な旦那だよね。なのにあいつ、恨み言ひとつ言うわけでもなく、最期まで俺のことばっか気にかけて」
壁に背中を預けた坂巻は、そのままずるずると床に座りこむ。片手で両目を覆うその隙間から、涙が伝って頬を滑り落ちた。
「きっと、罰が当たったんだな。群ちゃんがマージナル・プロジェクトのメンバーに加わるって知って、俺、いてもたってもいられなくてさ。ついあんなこと……。メンバーになるなら、外からは知り得ない情報をもっとくわしく引き出せるんじゃないかって、そう思って」
だから坂巻は、群司の口を割らせようと梅割りの焼酎にアミタールを仕込んだ。それが真実。
「俺がそんな卑怯な真似したから、きっと神様が怒ってあいつを予定より早く連れて行っちゃったんだよ。こんな男のそばには、これ以上置いておけないって言って」
だれより優秀な科学者が、迷信じみたことを後悔に結びつけて自分を責める姿が痛々しかった。
群司は坂巻の傍らに跪いた。
「ごめんな、群ちゃんみたいないい子に、あんな騙し討ちみたいな真似して。せっかく俺のこと信頼して、いろいろ頼ってくれてたのにさ。佳菜恵だって、俺がそんな人間だなんて知ったら、がっかりするよな。絶対喜ぶわけない」
「奥さんを救うために、それだけ必死だったってことでしょう? 俺が坂巻さんの立場でも、おなじことしたかもしれません」
「しないよ」
坂巻は言下に否定した。
「群ちゃんはそんなことしない。どんなときでも、ちゃんと物事の正否を見極めて自分の判断で行動できる。そういう子だから。俺が最低だっただけ」
「最低なんかじゃないです。俺、坂巻さんの気持ち、よくわかります。同情でも慰めでもなく、大切な人を守りたいって思うのは当然だと思うんです。生命に関わることならなおのこと、冷静でなんていられるわけない」
「早乙女くん、心配だよね」
唐突に言われて、群司は返答に窮して言葉を詰まらせた。
「ごめんね、俺が逃げたせいで、彼が舞台に上げられる順番が繰り上がっちゃったんでしょ?」
逃げ出したはいいが、どこにも行き場がなくて用具入れの奥に身を潜めていたところ、そのまえを通りかかった黒服の男たちの会話で事情を知ったという。
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