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第17章 第2話(6)

「まだ立って歩くの無理ですよね? 俺に掴まって」  言いながら、如月の腕を自分の首にまわさせて、スーツの上着でくるんだ躰を抱き上げた。 「すみません。こんなふうに抱きかかえられて移動するなんて、恥ずかしいですよね。でも、ちょっとのあいだだから我慢してください」  如月はわかったと受け容れて、群司に身をもたせかけた。  呼吸はまだ荒く、身体も変わらず熱を持っている。極度の興奮状態は脱したものの、薬の効力はまだまだつづいているのだろう。  群司は如月をしっかり抱きかかえると、来た道をとって返した。このまま地上に上がれば本邸のどこかに出られるのだろうが、ルートを知らないうえに、おそらくはセキュリティに阻まれる可能性が高い。仮にすんなり出られたとしても、本邸内部といえば敵地の真っ只中である。遠回りであっても、いったん劇場まで戻るべきだと考えた。そのうえで建物の外へ出て如月の安全を確保し、それから坂巻を――  頭の中でこのあとの段取りをシミュレーションしながら移動していた群司は、秘密扉の手前まで来たところで不意に足を止めた。扉の向こう側に、人の気配があった。それどころか、鍵穴をいじっている音まで聞こえる。  とって返そうにも、通路は監禁部屋までの一本道で退路はないに等しい。  一度如月を通路の端に下ろして、自分だけで扉の向こう側にいる相手と対峙すべきか。考えはしたものの、腕の中にいる如月の意識はいつのまにかなくなっていた。  やむなく踵を返そうとしたとのとき、扉の鍵がカチリと開く音がする。如月を抱きかかえたまま、群司は身構えた。だが次の瞬間、 「ああ、よかった。無事だったね」  ドアの向こうから顔を覗かせた人物を見るなり、群司の躰から力が抜けた。現れたのは、先程パーティー会場で顔を合わせた取材陣のカメラマンだった。 「豊田さん」  群司の呼びかけに、カメラマン――否、坂巻班の副主任である豊田は小さく頷いた。 「ごめんね、驚かせちゃったよね」 「まあ、いろんな意味で」  緊張をゆるめた群司は苦笑した。  思いがけない人物が報道陣に扮してパーティー会場にいたことも、一研究員に過ぎないと認識していた相手がプロ顔負けのピッキング技術で秘密扉の鍵を開けたことも、ただただ驚くばかりだった。

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