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第18章 第1話(5)
病院に運ばれた当初は、回復の見込みが危ぶまれるほどの状態だったというが、手厚い治療によってなんとか危機的状況を脱することができた。いまはまだ、自力でトイレに行ける程度といったところだが、それでも持ち前のユーモアを発揮して冗談を口にするくらいまでは回復してきている。今回のことで坂巻自身もある程度の踏ん切りがついたのか、将来を見据えた前向きな姿勢を見せていることに群司も安堵した。
藤川は結局、搬送先の病院で死亡が確認され、薬漬けにされていた他の被験者らも同様だったという。坂巻だけでも助かって本当によかったと思う。
「元気になったら琉生さんと立花さんも交えて、一緒に飲みに行きましょうって言ってました」
「うん、わかった。立花さんにも伝えておく」
「あとね、病院の帰りに足を伸ばして、兄貴のところにも報告に行ってきました」
わずかに反応する如月に、群司は意味深な眼差しを向けた。
「そしたら墓前に花が供えてあって、ひょっとしておなじようなタイミングで琉生さんも行ってたのかなって」
まえに見かけたときとおなじ、大輪の百合の花束だったと群司が言うと、如月は照れたように目を伏せた。
「あの、一昨日、職場に泊まって着替えを取りに一旦帰宅したとき、ちょっとだけ立ち寄って」
「そっか。兄貴、喜んだんじゃないかな」
群司は目もとをなごませた。
「俺もね、事情聴取とかひととおり終わったあとにも一度報告に行ってたんですけど、卒業後の進路のこととかいろいろ、あらためて報告しておきたいなって思って。大事なこと、言いそびれてたのもあったから」
「大事なこと?」
「そう。兄貴にね、言ってきました。兄貴の大事な琉生さん、俺がもらうぞって」
如月の瞳が大きく見開かれた。
「まあ、報告っていうより、宣戦布告のほうが近いのかな」
群司は笑った。
「言っておかないと、フェアじゃない気がしたんですよね。思いっきり宣言してきたから、ひょっとするとおまえになんか絶対渡さないぞって、あの世から大慌てで戻ってくるかもしれないね」
群司の言葉に、如月はくすりと笑うとバカと囁いた。その目に、うっすらと涙がにじむ。
如月が兄に向ける想いに心を掻き乱されたときもあった。正直、いまでも妬けることがある。それでも、兄が生きていてくれたらどんなによかっただろうと思わずにいられない。おそらくそうなったら、自分の出る幕などどこにもなく、如月の心は兄で埋め尽くされてしまうのだろう。それでも、元気でいてほしかったと思う。そしてそうできなかった兄のぶんまで、如月を大切にしていこうと。
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