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番外編~ある幸せな休日~ 第2話(1)

「あのね、群司、俺も群司に、渡すものがあるから」  ケーキを食べ終えて、ふたりでソファーに移動したところで如月が切り出した。  ちょっと待ってて、と言い置いて隣のベッドルームに消えていく。その姿がドアの向こうに見えなくなったところで群司は立ち上り、如月が掛けなおしてくれたコートのポケットからあるものを取ってきて、何食わぬ顔でソファーに座りなおした。  すぐに如月が戻ってきて、なにも気づかぬ様子で群司の隣に座る。 「これ、俺からも群司に。バレンタインのプレゼント」  洒落(しゃれ)たデザインの小ぶりの紙袋を差し出されて、群司は目を(みは)った。 「え、琉生さんも俺に、用意してくれたの?」 「うん。だって、せっかくのバレンタインだから」  如月ははにかんだ笑みを浮かべた。 「見ていい?」  言いながら受け取った袋の中を見ると、そこに、バレンタイン仕様の有名専門店のチョコレートの箱のほかに、もうひとつ、ハイブランドであることがひと目でわかる小箱が入っていた。 「……なんか、ふたつあるんだけど」 「うん、一個は普通にチョコ。でもそっちはオマケ。もうひとつのほうがメインだから」  言われて、群司は迷わず小さいほうの箱を手にとった。  (てのひら)サイズの黒いギフトボックスに、ゴールドのリボンが掛けられている。そのリボンを解いて蓋を開けると、黒のサテン敷きの中央に、中心から先端にかけて華やかな彫刻が施された、シルバーのネクタイピンが現れた。 「え、これ……」 「バレンタインって言ったけど、ほんとは誕生日のプレゼント」  如月の言葉に、群司はますます目を瞠った。 「え、だって俺の誕生日、九月……」 「知ってる。二十五日でしょ? でも、去年の誕生日に、なにもしてあげられなかったから」 「いや、だってあのときはまだ、付き合ってなかったし」  絶賛、俺の片想い中だった時期、と笑った群司に、如月は気まずそうな顔をした。 「……付き合ってなかったけど、それだけだったから」 「ん? それだけ?」  問い返した群司に、如月はキュッと口唇(くちびる)を尖らせて視線を逸らした。 「だから、それだけだったんだってば。恋人じゃなかったっていう、ただそれだけ」 「え? 待ってっ、待って! それじゃあ、あの時点で、琉生さんにもそういう気持ちがあったってこと?」 「嫌いじゃないって言ったっ」  はっきり言葉にするのが恥ずかしかったのか、如月は怒ったように言う。群司は途端にくしゃりと表情を崩して恋人の躰を抱きしめた。 「え~、それはたしかに、あのあとそう言ってもらったけど。でも琉生さんも、その頃からそういう気持ちでいてくれたっていうのは知らなかったなぁ」  すごく嬉しいと、群司は如月を抱きしめたまま左右に揺さぶった。 「琉生さんはただ、俺が気持ち持てあましてるの見て、同情してくれたんだと思ってた」 「同情しただけでキスなんかしない」 「それはそうだけど、雰囲気に流されちゃったのかなって」 「好きじゃなかったら流されない」  如月は、拗ねた口調のまま群司の胸に頭を擦り寄せた。  その仕種(しぐさ)が愛しくて、群司は恋人を抱きしめる腕の力を強くする。如月は群司の胸に顔をうずめたまま、ひっそりと(ささや)いた。 「天城の創立記念パーティーのときに着けてたネクタイピン、せっかくに似合ってたのに、俺のせいでダメにしちゃったでしょ? だから、かわりにはならないけど、お詫びにって思って」 「それで選んでくれたの?」  如月はうんと頷いた。 「大丈夫。ダメにしたのはチェーンから先のボタンにひっかける部分だけで、本体はそのまま使えるから。でも、琉生さんがそんなふうに俺のこと考えて選んでくれたの、すごく嬉しい」  ありがとう、大切にするねと言うと、如月はふたたびうんと頷いた。

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