ダッシュで向かったら意外とあの家は駅に近かったみたいで1本早い電車に乗れた。学校には余裕で着いた。 席について机の下でスマホを開くと、朝方に新倉さんからメッセージが入ってる。 『来週の水曜、20時から予約入ったから30分前には事務所来てね〜！』 来週か。 考えただけで心臓がどくどくしてきた。 うまくできるかな。 昨日は律さんがいろいろしてくれていたけど、実際にお客さんと2人きりだと思うと少し怖い。 よろしくお願いします、と返信をして、ゆっくり深呼吸をした。 夕方に授業が終わって調べ物やらなんやらに没頭していたらもう外はすっかり暗くなっていて、荷物をまとめて学校を出る頃にはもう18時半を回っていた。 律さん、何してるかなあ。 帰り道にスーパーに寄って適当に食材を買い漁って、今日は俺がご飯を作ることにした。キッチンには一通りの用品が揃っていたし、もともと一人暮らしだったから料理は結構好き。 律さん、何が好きかなあ。 って、5分に一回くらいのペースで律さんのことを考えてしまっている自分にちょっと引いた。 俺、律さんのこと好きになっちゃったのかも知れない。 買い物を終えて外に出るとさっきよりもますます寒くなっている気がしてマフラーを口元まで巻き直した。 人通りの多い道をゆっくりゆっくり歩いて、何となく通り過ぎてく人の顔を見てみる。 誰も俺が売り専で働いてるなんて（まだ一度も出勤してないけど）思わないだろうなあ。 今朝貰った鍵で家に入ると、中は真っ暗で律さんがいる気配も無かった。 出かけたのかな？ 一応、ただいまーって声を掛けてリビングの電気を付ける。 いつも聞いてる音楽をスマホから流してキッチンに食材を並べてたらちょっとワクワクしてきちゃった。 だって誰かにご飯を作るのって初めてだし。 メニューは、ベタだけどハンバーグとジャガイモのポタージュ。 ジャガイモを蒸している間に鍋で玉ねぎを炒めてると、玄関の方から話し声が聞こえた。 「あれ、なんか良い匂いする〜。那月くん？」 「ほんとだ〜！お邪魔しまーす」 足音が聞こえて、リビングに顔を出したのは律さんと新倉さんだった。 昨日一日ラフな格好しか見てなかったけど、律さんは白いボタンシャツにグレーのカーディガンで、髪もストレートを撫で付けるようなかっちりした髪型をしてる。 「那月くん、改めてよろしくね。今朝メールした通り、水曜からだからね〜」 「あ、はい！よろしくお願いします」 「那月くん料理できるんだ！初めてこの家にキッチン使える子がきた〜！」 ふたりとも揃ってキッチンに近寄ってきて、律さんは後ろから俺の手元を覗き込むように見てる。なんだか昨日と違う香りがしてた。香水？ 目を合わせると色素が薄いコンタクトも入れてて、もしかして今日、お仕事だったのかな。 「急に予約が入って、急遽出勤してきたんだ。那月くんに言おうと思ったんだけど、そういえば連絡先聞いてなかったなあって思って。後で教えてね」 「はい！じゃあ、あとで」 「律、俺戻るわ。那月くんも、土日ゆっくりね」 新倉さんはそう声を掛けて部屋を出て行って、それを追いかけた律さんが玄関の鍵を閉めて戻ってきた。 「あー疲れた。時間早いけど飲んじゃおうかなあ」 「ビール買いましたよ。俺も一緒にいただきます」 「おっ、キッチンドランカーだ」