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第16話
那月くんの出勤日当日。
記念すべき初出勤日。
俺のときはどんなだったかなあ。
予約時間は確か20時で、今、19時。
那月くんは学校が終わってから時間潰して事務所に行くって言ってて、俺はなんとも言えないそわそわした気分の1日を過ごして、
こんな気分になるならもう行っちゃえと思って、スマホと財布だけポケットに入れて家を出た。
うちのお店は、ナンバーに入ったりある程度人気があるキャストは自宅からの送迎で直行直帰が基本で、俺も事務所に行くことは滅多になかったし、待機室なんてもっと久しぶりだ。
街並みがネオンに変わって、せせこましくビルが立ち並ぶ、独特の空気。
エレベーターを降りてちょっと懐かしささえ感じる待機室に入ると、大きなソファの3分の2が埋まるくらいの待機の子たちが居て、それぞれ髪の毛を弄ったりメイクをしたりしてる。
奥の方の椅子とテーブルがセットになったエリアも見てみたけど、那月くんの姿は無い。
まだ説明受けてんのかなあ。
「えっ!律さんだ」
「珍しいですね!お久しぶりです」
「どうしたんですか?」
「久しぶり〜。俺の部屋に新入りが入ったからちょっと激励しに来たの」
「えー!律さんが?今日新入りちゃんなんて居たっけ?」
「んー、分かんない。でもさっき事務所に知らない子が居たかも」
わざわざ事務所まで行くのもちょっとな、と思ってサーバーでコーヒーを淹れてたら、顔見知りの子たちが声を掛けてきた。みんな可愛くて、数ヶ月で辞めるのがデフォルトなこの世界にまあまあ長く居るセミプロの子たち。
まあ俺が1番の古株だけど。
懐かしい顔ぶれと近状報告し合って、最近当たったやばい客の話とかで盛り上がって。(120分ひたすら乳首だけを弄られるとか地味につらいよね)
そうこうしてると、不意に待機室のドアがかちゃりと開いた。
そろそろかなって思ってたのはやっぱりビンゴで、扉のところでおずおずとしてる那月くんが、俺を見つけた瞬間にぱあっと顔を輝かせるもんだから、おいでって手招きしてあげる。
小走りで駆け寄ってくる那月くんの手を引いて、はい、みんなに自己紹介してね。
「あっ、と、那月です。よろしくお願いします」
「この子が俺の部屋の新人ちゃん。可愛いでしょ?」
「めっちゃ可愛い〜!目でっか!顔ちっちゃ!」
「さすが律さんがわざわざ見送りに来るだけあるねえ。ほんと可愛い」
「いや、そんなことないです、、皆さんおキレイで…」
「ちょっと!みんな触りすぎ!」
もう、みんな距離感バグってるんだから。
那月くんを囲ってそれぞれ髪の毛触ったり、ほっぺつついたりするから、思わず那月くんの肩をぎゅっと抱き寄せた。
それを囃し立てるように周りが騒ぎ出して、那月くんは恥ずかしさで顔真っ赤。
「那月くんってもしかして、律さんのお気に入り?」
「違います〜。可愛がってあげてんの。もう〜、このまま新倉さんとこに届けてきます」
「えっ!律さんもう帰っちゃうんですか?」
「うん、今日休みだし。那月くん見に来ただけだから。また飲み行こうよ」
ぶーぶー言ってる周りを適当にあしらって、那月くんを引っ張って事務所へ。
那月くんはまだ耳が赤い。
新倉さんに引き渡して帰ろうとしたら、
那月が帰るまで心配で寝れないんじゃない?なんて茶化された。
ムカつくけど、実際そうだし。
那月くん、頑張ってきてね。
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