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007 俺に恋して孕ませたあいつ-07

「竜二君だったそうだな」 「……うん」 「お前の様子からして本当に知らなかったんだと思うが、子供の作り方として間違っていないか」 「……うん」  これは妊娠を告げた時にも言われた事だ。高校生の分際で酒に酔い、その勢いでセックスして、相手を覚えてもないくせに子供を妊娠って。 「出来たことが悪いこととは言わん、収入が無いなら稼げばいい。結婚もギリギリ出来る歳だから、法律が許すことにもとやかく言わない。ただ、竜二君が責任を取るつもりかどうか、俺は話を聞いてないぞ」 「それは、俺が竜二を拒否ったからで、あいつ責任は取るつもりだったみたいだし」 「拒否したということは?」 「……竜二が、どんなつもりだったかまでは頭に血が上って聞いてないんだけど、その、俺が酔って帰って来た時に俺と……寝たこととか黙ってたし、サイテーだと」 「本当にお前は全く思い出せないのか。竜二君が相手と分かっても、全くか」 「……どうやって帰ったかも覚えてない」  親父が纏う空気の温度は、途端に5度くらい下がった。   「合意かどうかも分からん、そしてお前は一度は竜二君を遠ざけておきながら今は待っている。竜二君も、本気ならうちに土下座でもしに来るだろうが、その様子もない」  俺に拒否られても、うちに押し掛けて土下座でも何でもすることは出来たはず。手紙は律儀にポストに入れてるくせに。  いや……それをさせないような態度を取ったのは俺か。 「お前らは子供が出来たとか色々あるだろうが、どうするつもりなんだ。子供の為に竜二君と結婚するのか? 好きなのか? 何も見えてこん」 「子供は……父親が分からなくても産むつもりだった。知った後、妊娠に薄々気付いてた癖に黙ってた竜二に腹を立てたのも本当。それはその時に話し合わなかった俺が悪い」 「で、竜二君もそれっきりか。代わりに両親が頭を下げたってか」 「あなた、声が大きいわ」 「……そんな、そんな我が子を孕ませて黙って行方を眩ますような男なんか許さんぞ!」  突然の親父の怒鳴り声で、食器棚のガラス戸がビリビリと鳴る。 「あなた!」 「俺達の息子だぞ、あの野郎何だと思ってるんだ!」 「俊の前で怒鳴らないで! お腹の子にも悪いじゃない!」  久し振りに怒鳴った親父を見た。親父はじわじわと……というより、いきなり変わる。目付きは恐ろしいし、こんな凄い剣幕だったかと思うほどだ。 「……俺、今は竜二のこと怒ってない。もう責める気もないよ」 「何でだ」 「竜二の気持ちは知ってる。俺が無視してるだけで、手紙をくれたり反省とか責任とか、書いてくれてる」 「それに対してお前は何をした」 「………なにも、してなかった」 「お前が何かしらの返事をすれば済んだことを、今の今まで親にも黙っておいて、相手が居なくなったら反省か? ナメてんのか貴様!」 「あなた! 今は抑えて!」 「黙ってろ!」  そう。悪いのは俺だった。妊娠も伏せてたし、竜二の話を聞かなかったのも俺。竜二は一切俺を悪く言わなかった。  竜二が悪くないと言いたい訳じゃない。どっちも悪い。でも一緒に子供が出来るような行為をしておいて、俺は全部忘れ、覚えていた竜二のせいにしたんだ。 「……俺が悪かった、俺が意地張って竜二無視してた。友達だし、まさか竜二がって、俺……惨めで」 「惨め? 相手の気持ちを知っておきながら馬鹿を言うな。黙って無視して何が解決できる!」 「……できない」 「そうだろうが! お前が連絡取らないからと手紙くれて、それにもお前が応える気がないという態度なら、俺だって竜二君が無責任だとは責められん!」 「……うん」 「それで、お前はどうする」  それはもう決まってる。商店街の方に行ったのなら、俺もそこに行く。俺が竜二を見つける。  これは誰かに頼んで解決してもらうものじゃない。そんな事、今にならないと気付かないなんて。  そんな無責任で、理不尽で、気遣いも自覚もない俺なのに、竜二が追ってくれるから安心してたんだ。竜二の恋人になりたい子なんて山ほどいる。竜二に俺なんかもういいと言われたら…… 「さ、さがす。捜してちゃんと話をする」 「何を話す」 「……謝って、子供産むこととか」 「お前は竜二君の気持ちに応えるのか? 仕方なく」 「仕方なくじゃない! ……俺のこと抱いたのは、それくらい好きだったんだとか、俺が拒否しなかったんだとか、そういうのは考えてる」 「じゃあ捜して連れて来い」 「こんな時間よ、悪阻もあるのに」 「いや、俺今から捜しに行くつもりだった、心配いらない」 「でも……」 「行ってこい。俺や母さんは竜二君からちゃんと話を聞く機会をお前に取られたんだ。お前の体のことだが、家同士の問題でもある。勝手に判断していいことじゃない」 「はい。行ってくる」  元々は今から行く予定だったんだから異論はない。  竜二が来ないように、近寄らないようにしてたのは俺だし、他の誰が言うより俺が連れてくるのが筋だ、当事者同士なんだし。 「危ないから、お母さん一緒に行くから待ちなさい、ね? それからあなたもよ。そりゃあちゃんとケジメつけるのも大事だし、私も反論はしないわよ? でもこんな寒い中、妊婦を外に出すのはどうなの!」 「母さんいいって、行ける」 「私は竜二君がきちんと来て話をしてくれるなら、もういいの。もしあなた、俊が流産でもしたら、それこそ可哀想だし向こうのご両親に顔合わせ出来ないじゃない」 「ちょっと寒い中外歩いたくらいで流産なんかあるか、変な庇い方をすんな」  今度はお袋の顔が険しくなる。でも、その顔は親父に向けられていた。 「ちょっと暖かくて室内にいても駄目なこともあるじゃない。それに俊と竜二君の子よ? 可愛い子になるわ絶対。俊のお腹の子がいずれおじいちゃんおじいちゃんって懐くのよ? 竜二君の返事次第では正式に初孫よ? ね?」 「……あーもう煩い、行って来い好きにしろ。お前も見つけるまで帰ってくんな」 「はいはい。あなたもじっと待ってないで色々してくれててもいいんだからね? いい? 俊のお腹には可愛い孫がいるの、分かった? 可愛い孫、おじいちゃんって、おじいちゃん大好きってトコトコ走って……」 「いいから行け、分かったから」  母親って、すげえ。  * * * * * * * * * 「あの人はね、振り上げた拳を下ろす場所が無くてイライラしてるのよ。認めたくないって喚いても、心の中で竜二君のこと許してるんだから」 「そうかな」  何かのスイッチが入った母親と家を出て歩くこと10分。さっきから「あんた寒くない?」と「だいたいお父さんは……」を交互に言っては同意を求めてくる。 「あんた寒くなってきたでしょ」 「いや、大丈夫だから」 「そう? 気を付け過ぎるくらいでいいんだから。お父さんがあんなこと言うのも……ホント男は信じられないこと言うんだから」  母親の話は俺への気遣いよりも、次第に普段の夫への不満に変わっていく。 「俊が生まれる時もそうよ。あの人、事態が目に見えて変わるまで何にもしないで、陣痛始まってから大慌てだけしてね。痛いって呻いてる私に何言うかと思えば診察券は持ったか? なんて、馬鹿かって初めて罵ったわ」 「まあ……男にこの体調を理解しろってのも無理だろうし、子供が生まれるまで、実際どうなんのかよく分かってなさそうではあるよな」 「そう、分かってないの。分かってないのよ」  母親の顔は真剣だ。ただ半分笑いを交えたような怒りは不思議と不快感がなかった。  本来の目的を忘れてそうだけどな。 「寒いから温かいものでも買おう、コンビニでコーヒー……あんたは駄目よ、レモンのやつにしなさい」 「分かった分かった」  カイロとか色々と買いたいものを挙げていく母親に、これからどれだけ捜し回るつもりなのかと突っ込みを入れるのも面倒になる。  とりあえず気分悪いから座りたい……と伝えようとしたら、コンビニの店先に思いがけない人物が見えた。 「あ? 古賀っちだ」 「あら、本当ね。まだ捜してる訳じゃないわよね? 古賀くんもコーヒー要るかしら」 「手伝ってくれてるし、要るなら……」 「あんたはレモンよ、……あら」  あ? 「竜二だ」  店先にいる古賀の傍に店から俯いて出てきた奴……目を向けると、そいつは竜二だった。肩を叩かれ、何か励まそうとしてる古賀に、顔を上げない竜二。  俺のところに行くように説得中か? 「竜二君じゃない! ほら、行ってきなさい」 「……うん」  私は帰っておくから頑張りなさいね、と変な気遣いを見せる母親に背中を押される。  振り向けば……ガッツポーズとか要らねえし……と、緊張感を打ち砕かれながら竜二の元へと向かった。  こっちには気づいてないのか、向かう俺と先に目が合ったのは古賀だった。  古賀は分かったとでも言うかのように竜二を肩を然り気無く掴んで、逃げないようにしてくれた。

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