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009 俺に恋して孕ませたあいつ-09
「もしかしてさ、修学旅行ん時は」
「あわよくば何か起きないかなと。俺一生懸命体鍛えて、男として見て貰おうと思ったんだよね。部屋でふざけたフリして裸で抱きついて、そのまま布団に倒れたりしたのに『馬鹿だと寒くねえの?』とか……悔しかったなあ、あれで無理かって」
「ははっ、そんな事考えてたのか。俺は……男として生きるのに限界感じるまでは、告白されても拒否っただろうな、やっぱ女に見られたくないって意地あったから」
うん、抱きつかれた事なんて何度もある。あー体育の時とか、着替えの時に目が合うのってそういう事だったのか。スキンシップが多い奴じゃなくて、俺にだけそうだったんだ。
「俊に告白も出来ないまま、女と付き合った時もあったよ。これは知ってると思う」
「ああ」
「でも、やっぱ無理だった。俊を抱くの想像しながらじゃないと駄目で。俺を好きって言ってくる奴とりあえずそりゃ……付き合ってはみたけどさ」
「……」
「この際だから言っておくけど、俊を抱いてからも付き合えないって諦めてたから、何人かと遊んだ。でも俊と全然比べ物にならなかった。もう一回俊抱きたくて発狂しそうだった」
「……家には発狂しそうな親父が待ち構えてるからな」
「うっ……」
「心の準備はいいか」
そういえば親父は、お袋から話くらいは聞いたはずだけど、俺は家に連絡してない。今から連れて行くとか何も言ってない。
あーでも不意打ちした方がいいかな、あれこれ考えて準備された方がマズい。家はもう目の前だ。
「行くぞ」
「お、おう」
玄関の扉を開ける。ただいまの声に反応した母親が、そっと俺達に居間へ行くように指示する。
本当にすみませんと頭を下げながら緊張してるのを見ると、やっぱ俺達はまだまだ子供なんだな、と思った。
「座りなさい」
居間の黒い革張りのソファーで、腕を組んだままの父親。威圧感に負け、勝ってる2匹の猫がそそくさと逃げ出す。
親父は竜二と何度も会ってる筈なのに、こういう時はやっぱ違うもんだ。
「……何をしに来たかは聞かんでも分かる。さ、うちの俊を妊娠させて、どういうつもりだったか聞かせて貰おうか」
「……まず、謝らせて下さい。この度は本当に申し訳ございませんでした。ご挨拶の前に……妊娠させて、筋が通ってないことだと自覚してます」
「俊が妊娠したことに、言われる前から気付いていたそうだな」
「……はい」
「その時点で何で責任を取らない」
「妊娠だと確信したのは俊君と喧嘩した前日でした。でもそうなら言ってくれると……まさか俊君が僕と……えっと何も覚えてないなんて思いもしなかったので。俊君の体のことは知ってしまったから、確信するまで生理かも……って、正直に言うと俊君に訊ねる勇気がありませんでした」
そうだよな。俺が全く思い出せなくて、抱かれた素振りも見せなかったことが、竜二を迷わせたって自覚はある。
俺が修学旅行の1日目にぐったりしてた時とか、あれを思い返されたら確かに生理を連想するかもしれない。
「妊娠させたのは君だと、言った後のことは聞いた。それはうちの馬鹿息子が悪い。それよりも、どういうつもりで妊娠させるような事をした」
「……それは、ずっと俊君のことが好きで」
「男子校だからか」
「ち、違います! 女とかもうどうでもいいんです、俊君じゃないと駄目なんです! 自分から好きになれたのは初めてで、男だとしてもいつか絶対振り向かせるって思ってました。も、勿論出来るなら抱きたいと思ってました」
「そうしたら俊が実は女だと分かったから、抑えられなくなって襲った、と」
「いえ、あ、た、確かにあの日、俊君への思いが抑えられなくて、その、眠そうな俊君にキスをしてしまって、それで、止まらなくなって……でも、その時初めて知りました」
「つまり、俊をどうであれ襲ったと」
「いや、そんなつもりで襲っ……はい。本当にすみませんでした」
父親が淡々としているのが怖い。完全に竜二を試してる。ちょっとでもおかしなことを言えば、恐らく激怒する。元々心穏やかじゃないんだから。
「君は、俊のどこが好きなんだ? こんな何処にでもいそうな……まあ多少は見てくれがいいかもしれんが。可愛い女の子とも沢山付き合っていただろう」
「それは……確かに元々は女の子にしか興味はありませんでした。告白もされたし、モテて……あ、その自慢みたいなのではなくて」
「んなことはいい」
「……はい、で、誰かを好きだとか思う必要がなくて、なんとなくそんなのが続いて。高校上がって暫くしてクラスで元カノがどうとかで喧嘩があったり、もう女の子にうんざりしてた頃に、親父が……病気して、大きな病院があるこっちに引っ越したんですけど」
「新相生会病院か」
「そうです、それで転校先で同じようなこと起こるの嫌だし、男子校にしたんです。そしたら……俊君と出会いました」
成る程、女関係の理由で男子校に来たって話は当たってたんだな。
「正直、最初は新鮮でした。可愛い顔してる癖にすげー世話焼いてくれて、何でも俺に聞けみたいな男らしくて。気を抜いて楽に接することができる相手だなって……それから気づけばいつも俊君のこと考えてて」
「なるほど」
「当時はまるで俊君のことが好きみたいじゃないかって、焦りました。だから久し振りに女の子と付き合ったんです。その……告白されたので」
「まあ君なら女が放っておかないだろうな」
「俊君を意識しだしてからは、女の子に俊君を重ねないと全然駄目で……あ、俺は恋をしてしまったんだと。なのに初めて好きになったのは自分のことを恋愛対象に見てくれない奴、しかも男で。……悩みました」
「君が俊を自然と好きになってくれたのは分かった。男だから、仲が良くて錯覚したなんてことじゃないんだな」
「勿論です! ……告白は、しないでおくつもりでしたけど」
そうだろうな。普通なら男が男に好きですなんて言えない。友達って立場を失うどころか嫌われて後ろ指さされかねない。そっか、言い出せなかったって、そういう事か。
「あの日は駄目でした。友達の1人が勇気を出して俊君に告白したのが羨ましくて、しかも断られたけど嫌われたりはなかったって」
「お前、他の男にも告白されたのか、ハァ……だから共学に行っておけと」
「いや、俺は男子高で良かったと思ってる。それにそいつは友達だよ、今も」
「そうか。ああ、すまない、話を戻そうか。告白して嫌われないなら自分も俊に打ち明けようと、そう考えた訳だな」
所々俺も初めて聞くような部分がある。父親が要約していくから、より一層飲み込みやすい。古賀っちが告白したことで、自分もって気になったのか。そうでなければいつまで待ってるつもりだったんだろう。
「はい。それで、本当はいけないんですけど、お酒飲んでたし、これから告白するって決心して、勇気付けにもう少しワインとか飲んで……自覚はなかったけど俺もかなり酔ってて……送り届けた後、ぐったりしてた俊君に、告白しました」
「俺、覚えてない……」
「返事は……今思えば曖昧だったかもしれないけど、少なくとも拒否されなかったのが嬉しくて、抱き締めて……キスだけ、ってキスしてたら止まらなくなって……」
「分かった。だいたい想像がつく」
「や、でも本当に嬉しくて、お酒入ってるからとか関係なく、本当に幸せな気分になったし、その、俊君の体……気づいた時、駄目って分かってたけど避妊とか何もしないで、このまま俺の子妊娠しちゃえばいいって、そうしたら俺のものになるって、馬鹿な事考えて」
結局は酔って暴走ってことか。俺、絶対告白とか女扱いとか、シラフだったら拒絶してただろうし、竜二の中で俺への感情がそこまで沸騰してたとは。
竜二がやった事は言ってみればサイコパスだけど、片方の俺は本当に鈍過ぎた。多分、このクソイケメンがこんなに思いつめる程、常日頃から無自覚に煽ってたんだ。
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