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013 それはあいつとの出逢い-02

「今だって、見てみなさいよ! 母親に謝らせて、自分は許されるだけなのよ、自分のカッコ悪さを自覚しなさい! 一度刑務所にでも入ればいいのよ。ほら、帰るわよ竜二!」 「あ、お……え? え? 俺帰るの?」 「いいから帰る! 息子は連れて帰ります、精神的なダメージを受けているんですから。あとはその、何とか君の処罰は先生方でどうぞお好きにして下さい。竜二、何か言いたいことは?」 「いや、別にないけど……てか、俺ダメージ受けてんの?」 「私に言ってどうするの!」 「もう、俺に怒るなよ。とりあえず、人刺そうとしても許される世の中で良かったな。先生、俺、親がこんななんで、ホームルーム出ないで帰ります」  普段はキーキー騒ぐタイプじゃないんだけど、母の怒りは当事者の俺を圧倒していた。  普通に考えたら俺、死んでたかもしれないんだよな。子供を殺されそうになって冷静な方がおかしいか。よく我慢したな、母よ。  鬼の形相の母親と一緒に職員室の外に出ると、俺の担任が慌てて出てきた。それに続き、隣のクラスの担任も。  特に隣のクラスの担任は、事件を知った直後から顔が青ざめていて、気の毒なくらいだった。 「湯川さん、申し訳ありませんでした、こんなことになってしまって。後の事は、きちんと相談にも乗りますし」 「いえ、先生の責任ではないでしょう。あちらの個人的な事情に、先生がブレーキかけろなんて誰も言いませんよ」 「私からも……本当に、申し訳ございませんでした。うちのクラスの子が、刃物持ち出すなんて……も……本当に、何て言ったら、私がちゃんと……こんな、ナイフで人を、うちのクラスの、生徒が……」  余程のショックなのだろう、唇は震え、絞り出す言葉が痛々しい。俺よりもこの隣のクラスの女性担任の方が相談に乗ってもらうべきだ。精神的なダメージって、こういう状態を言うんだぞ母よ。  いや、自分のクラスの生徒が傷害事件を起こそうとしたなんて、まあ普通に目の前真っ暗になるよな。 「先生のせいではありませんから。人としての教育は各家庭がする事。被害者があなたのせいじゃないと言って黙らない馬鹿なんて、マトモじゃないんですから。これで辞めたりしないで下さいね?」    母親は本当に凄い……こんな時は特にそう思う。ブサイク野郎の母親も見事な土下座だったし、息子のやった事の罪は全て被るつもりの姿だった。  いや、父親も凄い存在だと、一応語弊のないように言っておく。  そのすごい親が教育できないのに、先生にその足りてない部分を教育できる訳がない。子供にも、「育ち方」の責任は降りかかるべきだよな。  今時の学校は、各家庭が堂々と自慢の子供を胸を張って送り出した、もしくは出来損ないを送り込んでごめんなさい、という場所じゃなくなっていると思う。  後は宜しく、何か起こせば学校のせいです! みたいなクソ家庭からの馬鹿の溜まり場だ。  悪い事をすればビンタでは済まなかったうちの家庭も、そりゃ外から見ればおかしいのかもしれない。でも俺も兄貴も何故怒られているかをしっかりと分かっていたし、それが躾け、つまり子育てでしょ。 「飯食わせてたら年月が経ち、こんなに大きくなりました~」を子育てとは呼ばない、というのは父親の言葉。  そうだよな、エサさえやってりゃペットだって大きくなる。  先生方に深々と頭を下げられながら、俺達は職員室を後にし、そして俺は鞄を取りに教室に戻った。その時の視線の気を使うような、でも興味津々な感じに居心地が悪く、明日からどうしようかとため息が出た。  ちなみに、これはもう何年も経ってから父親や兄貴もいる席で母親が話したことだけど、俺が鞄を取りに戻っている隙に母親は職員室に戻り、今後この話を保護者の前で絶対にしないでくれと頼んだそうだ。  父親はまだいい。おそらく怒りの形相でも解決したことを蒸し返さずに「そうか」で済ます。だけど兄貴が厄介なんだ。  凛々しくも可愛らしいと表現される3つ違いの兄、桜路は、家族の事が何より大好きな長男だ。そしてその家族愛がちょっと……強すぎる。  もしこの件を耳にでも入れようものならあのブサイクを殺しかねない。  事実、数年経っていたにも関わらず、母親の話を聞いた兄は凄い形相で何で許したんだ! と怒りを隠さず、その後、俺の無事を2時間ほど涙ながらに喜んでいた。  * * * * * * * * * 「竜二」 「ん?」 「あんた、どうする、学校明日から通いづらくない?」 「まー、通いづらいというか、仲良い奴は別にしても、放っておいてはくれないだろうから……面倒だなって」 「あんた、見た目は洋平さんに似たせいで大変そうだもんね」 「背と性格は母さん似って言われる」 「桜路がその真逆だからね。見た目はあたしそっくり、性格は……まあ洋平さんの2倍は荒いか」 「家族の事についてだけね」 「家に帰ったらこの事は伏せとくからね、分かった? 桜路に言っちゃ駄目よ」 「分かった」  母親と2人で一緒に歩くなんて中学の卒業式以来で、俺と母親は久しぶりにダラダラと歩きながら話をした。  パートを早退したからには全力で休む! という良く分からない意気込みを見せた母親は、俺が学生服のままなのも気にせず近くのショッピングセンターに向かい、そして1階の喫茶店の前で休憩を宣言する。  まだパートが終わる時間でも無く、学校が終わるのももう少し掛かる。この時間に帰れば兄貴が大学から早く帰ってくる日だし、色々と詮索させるだろう。時間を潰すしかない。  母親はショーウィンドウに飾られたパフェの見本を見ながら、これいいわねと目を輝かせ、俺の返事も待たずに喫茶店に入っていく。 「いらっしゃいませ、2名様ですね」 「よいしょっと、あ、私はバナナのパフェ1つと、あんたは」 「え? もう頼むのかよ。……俺、カフェラテで。砂糖要らないです」 「それと、このケーキね」 「食べないよ」 「あったら食べるわよ、以上で」  どこの母親もそうなのだろうか、話すのは上手いくせに子供の話を聴かない。反抗しようにもしたら5倍返し、半殺しならぬ3分の2殺しにはされる。  だから、反抗期という免罪符をフル活用したような「うるせーじじい! うるせーばばあ!」という家庭の仕組みは本当に訳が分からない。  あれ、本人は必死なんだろうけど……部外者が見たらダサいよな。  そもそも、うちは反抗期なんか許されない。もし親と喧嘩すれば、家族大好きな兄貴に4分の3殺しにされるだろう。うちの場合、子の躾けは親にとって大成功している訳だ。  しばらくして席に運ばれてきた、控え目なサイズのパフェとカフェラテ。それに何を頼んだか分からなかったケーキがチーズケーキと分かった時、母親がスプーンやフォークを取りながら話しかけてきた。 「ねえ、あんた彼女好きだったの?」 「いや別に、好きになれたらいいなと思って付き合っただけ」 「好きになれたの?」 「一応、そんな気になったつもりだったけど、別れても悲しくなかったから好きじゃなかったかも」 「そう。なんか、あんた盛りのついた男子って感じでもないもんね」 「はあ?」  いや、まあやる事はやってんだけどね。中西とはしなかったけど、童貞は中学の時に捨てた。 「あんた、次は自分から好きになりなさい」 「は?」 「あんたが何人か付き合ってるのは知ってた。不健全な関係もね! でも、あんた何でも女の子に流されてるでしょ。自分からどうするとか無さそう」  ……当たってる。母親が自分の息子をどこまで見抜いているのかと思うと恐ろしい。  ついでにやってるのバレてたか、気まずいなこれ。

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