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014 それはあいつとの出逢い-03
「あー、まあそれは確かに」
「さっきも言ったけど、あんたは見た目だけ父親似で、人からの好意に麻痺してるから。まあ無理よ。見た目で寄って来た人は、あんたにとってはその他大勢でしかないの」
「俺、そんな人でなしじゃないつもりだけど」
「そんな見た目に産んだあたしのせいだろうけど、好きとか言われても、おはよう以下で返す気にもならないでしょ」
「よく分かるね」
「洋平さんが言ってたのとまんま一緒。桜路も中学の頃から興味のある子無い子関係なく、来る者拒まずでとっかえひっかえ凄かったんだから。洋平さんもよ、私と出会う前の話聞いたら卒倒しそうになったもの」
その他大勢でしかない……。そうか、確かに自分ではいい表せなかった自分の中の違和感はそういう事なんだ。
「だから、もうあんたから好きになるまで我慢しなさい。あんた、洋平さんが私と付き合う時に言った第一声、なんだと思う?」
「え?」
「元々友達グループって感じの仲だったんだけどね、『俺の事を気にもせず、どうでもいい相手として接してくれた、そんな君が好きだ』って言われたの。あんたそうってこと」
「ははは、意味わかんねぇ! 自分の事どうでもいいって思ってる奴を好きになるとか」
「そういうこともあるの。とにかく、相手はあんたから選びなさい。選ばれるんじゃなくて。こんな事なったんだから、分かった?」
「分かった」
よし、と言う母親は、表情に比べパフェが進んでいない。それだけしゃべれば速度としてはそうだろうという気はしたが、次に発した一言で、母親がどういう思いで強引に喫茶店を選んだのかが分かった。
俺への気遣い3割、母親の決断7割だったのだろう。
「……洋平さんをね、大きな病院に転院させようと思うの」
「え?」
「あ、いや、別に入院させる訳じゃないんだけどね、今の病院、診察までしか出来ないんだって。治療とかそういう話は無理だって」
「そう、なんだ」
父、湯川洋平は難病に侵されている。筋萎縮性側索硬化症、いわゆるALSで、おそらく10年後には生きていないと、そう言われている。
治る見込みはなく、いずれ寝たきりになり、そして自発呼吸が出来なくなる。
どんどん症状が進んでいくというのに、近くに対応できる病院が無いのは確かにまずい。父親や兄貴が格好良く母親も美人だけど、容姿を鼻に掛けず家族の事に一生懸命な人達だ。
口に出して言った事なんかないが、俺にとっても自慢の大好きな家族。失いたくない母親の気持ちなんて、言われなくても感じていた。
「新相生会病院って、こっから100kmも無いんだけど……県境からすぐの。でね、あんたが高校通ってるし、まだ洋平さんも全然動けるから、当分今の家から通うつもりだったんだけど」
「引っ越そうかなって、思ってるって事?」
「……うん。あんただけ今の家にいるって手もあるけど、今回の事であんたがもう今の高校に未練がないなら、みんなですぐ引っ越すのもアリかなって」
父親の介護は、母親だけじゃ厳しい。兄貴が絶対に一緒に暮らすと言うのは容易に想像出来る。兄貴なら、たとえ新幹線や飛行機通学になってでも一緒に暮らすというはずだ。じゃあ俺は?
俺だって何かしたい。何より、明日からが憂鬱な高校生活を、家族と離れてあと2年以上送るなんてキツ過ぎる。
俺は今の環境をリセットしたい、そんな気持ちになった。
「引っ越そうよ、俺も一緒に引っ越す。なんか、今のままじゃ俺も駄目だと思うんだ。環境を変えたい」
「いいの?」
「いいのと言うよりチャンスだよ。父さんがくれたと思わないと」
「有難う。洋平さんもね、竜二が大変だからって引っ越しあんまり賛成してくれなくて」
「兄貴は賛成なんだろ? もう、すぐ引っ越そうぜ! 俺新しい学校は男子校にするわ、女はもう面倒だし」
「こんなにあっさり頷いてくれると思ってなかったけど、良かった、ほんと有難うね」
翌月、俺たちは引っ越した。
新しい我が家は借家だけど、良い家主さんで、事情を話すと家賃を随分抑えてくれたらしい。
元の学校の仲間は、仲のいい奴……といってもほんと数人だけで、他には行き先を告げなかった。引っ越しの日は泣く奴とか、泣く奴とか、泣く奴とか……ウザいくらいだった。
友達はともかく、女共。お前らどの立ち位置で泣いてんだよ。お前どこのクラスだよ。
もうそんな事よりも俺は新しい環境に行けるのがうれしかった。
そもそも仲の良い奴とつながる手段は多々ある世の中だ。いま一緒でも、大学進学や就職でいずれ離れ離れになる。本当に仲が良かったら問題は無い。
パートが大黒柱となってしまった家計を考え、兄貴は大学の陸上部をやめ、アルバイトを増やした。家賃担当と父親の病院送迎の半分は兄貴だ。
俺は父親の世話係をするにはあまりに気が利かないと言われ、朝飯と弁当を週に平日3日、そして掃除洗濯担当。アルバイトはするなと言われた。
父親は家を守る遊撃兵だ。無職と言うと悲しい顔をするので自宅警備兵と言ったら、自宅警備兵が何を意味するのか知っていたようで、それも悲しい顔をされた。
することが無いと言って怒るのはやめてくれ、と言う事で、とりあえず近所の黒いんだか茶色いんだか分からない野良猫を招き入れた。
今は去勢手術して、父親の話し相手として飼っている。面接担当は父親だったから、まあ気に入ったんだろう。
「じゃあ、行ってきます」
「おい竜二、新しい学校の行き方覚えたのか?」
「覚えた」
「お前、初日から女の子持ち帰りするんじゃないぞ、避妊しろ、避妊」
「だから男子校だってば」
そう。宣言通り、俺は男子校に通う事にした。
近かったのも理由の1つだけど、とりあえず向けられる恋愛感情から逃げたかったんだ。
家を出ると、近くの商店街の前の道を抜けて、なだらかな坂を下りていく。
対面1車線の県道は朝夕の通勤時間は結構混むようで、とてもじゃないが車道を自転車走れる余裕はない。明日からは一本入った細い路地を通学路にしようと思った。
15分ほどで学校に到着し、チャリを自転車置き場へ押していく。当たり前だけど誰もタイミングを計ったように話しかけては来ない。特に女子。
こんなに清々しい気持ちで学校に通える日が来るなんてと感動していた俺は、クラスに馴染めなかったらどうしようなんていう、ありがちな悩みは吹き飛んでどこかへ消えていた。
工業科と普通科に分かれる県立のこの男子校はグランドが広い。そして建て増しなのだろうか、校舎の並びが不規則で迷いそうだ。
8時に職員室に来いと言われていたので、勝手が分からない俺は、教わった通り職員用出入り口から入り、職員室の扉をノックした。
「失礼します。あの……山下先生は」
「山下先生? ああ、ちょっと待ってね。山下先生! 生徒さんが呼んでますよー」
応対してくれたのは女の先生だった。声が大きく、朝から元気がいい。これが男子校の校風なのか分からないが、初日から仰々しくしなくて良さそうな雰囲気で安心した。
「お、来たな転入生くん。初めまして、担任の山下です! よろしく」
「湯川竜二です、よろしくお願いします」
山下先生は見た感じ40代後半だろうか、中年太りか若干腹回りが気になる。髪はちょっと薄いけど、禿げてる訳でもない無造作ヘア。面倒見が良さそうなおじさん先生だ。
「今、学級委員が迎えにくるから。俺は先に教室に向かうから、そいつと一緒に入ってこい」
「はい」
「イケメン君、共学でやりたい放題できるだろうに、何でまた男子校に」
「いや……まぁ、はい。近かったんで」
「ははは! その適当感、多分クラスには合ってると思うぞ。そこまで悪い奴いないから、安心しろ。若干は仕方ない、若干はな」
「あー、はい」
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