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015 それはあいつとの出逢い-04
悪い奴と言っても、他人に刃物を振りかざす程でもないだろう。ちょっとしたヤンキーなんかどこの学校にでもいる。
男子校だが工業系なら県内1番、普通科も年に何人か関東の有名大学に行ってるし、偏差値は悪くない。名前さえ書けばなんとかなる学校じゃない。
「失礼します、先生~、来ましたー」
「職員室は先生だらけだぞ、おい、福森こっちだ」
これまた大きな声がして職員室の扉を振り向くと、福森と呼ばれた男子生徒……いや男子しかいないんだが、そのわりと優等生に見える福森と呼ばれた奴が、山下先生と俺がいる席までやってきた。
「こっちが転校生の湯川」
「湯川竜二です。よろしく」
「あ、はい、福森です。よろしく! つかどうせ同じ年だし! ですとか気持ちわりいからやめよ!」
「あ、おう……」
その優等生っぽい見た目からは想像できない、フレンドリーな福森。どっちかというと女顔で、俺よりも背も10cm以上は低いだろう。160cm台後半かな? 声が高いという訳じゃないんだけど、澄んでて綺麗だ。
目が縦にも横にも大きくて、卵を逆さに立てたような輪郭、尖り気味な顎のライン。耳が半分隠れるくらいの黒髪はサラサラ。
なんとなく、こいつが化粧したら世の中の女よりよっぽど綺麗な気がする。
「じゃあ俺は先に教室に行くけど、いきなり授業に入るよりは紹介してちょっと時間があった方がいいだろ。福森、下駄箱の場所案内してやってから、教室まで一緒連れてきてやれ」
「はーい。えっと湯川? 靴は?」
「ああ、さっき職員用の棚の下に置いた」
「マジ? じゃあ取ってこよ、行くぞ」
福森は同じ年と言う割には兄貴風を吹かせる。それでいて爽やかというか、なんとなく穏やかな雰囲気がある不思議な奴だった。
靴を取ってそのまま下駄箱を案内され、そして教室へ。高校生で転校するのは珍しいのだろうか、福森のしゃべりは止まらなかった。
「なあ、どこから来たん? 俺ずっとここね、ここ出身」
「えっと県外なんだけど……最近ゆるキャラ選手権でヤメルンジャーが1位になったとこ、青井市から来た」
「ああ、あれね! あれマジお前らがやめろやって感じで面白いよな。あれをゆるキャラ枠で考えた奴神だわ」
ヤメルンジャーとは、引っ越す前の地元で活躍していた、とにかく悪い事は徹底的に許さないという設定のゆるキャラだ。猫をモチーフにした、やや頼りないような困ったような顔の着ぐるみだが……
『悪い奴を殲滅だ! 小さな悪も絶対許さない! 正義の凝り固まり、我ら5匹のヤメルンジャー(だにゃん!)』
が、キャッチフレーズ(公式ではキャットフレーズと言うらしい)で、自治体の犯罪発生率が全国で一番低かった年に誕生した。
PR用の動画では、歩きタバコの若者1人対して、ヤメルンジャーが5匹がかりで取り囲み、黒ネコジャーが持っている煙草をはたき落とす。白ネコジャーがそれを拾って「フハハ、証拠は押さえたニャ」と携帯用灰皿に。
三毛ネコジャーが強引に座らせ土下座を強要し、ブチネコジャーが市の歩きタバコ防止条例を読み上げ、茶トラネコジャーが反則金1,000円をその場で財布からふんだくるという内容になっている。
しかも猫らしさの演出か、反省していい人間になった若者の事なんか瞬時に興味をなくす。「これからはちゃんとします!」という若者の決意を途中までしか聞かないで去っていくという、フリーダムさでしめるおまけつき。
なんともやりすぎかつ腑に落ちない感じがウケて、再生数が公開半年で200万回を超えた異色のゆるキャラだ。
去年のふるさと納税の返礼品として作られた5体のぬいぐるみセットは、現在ネットオークションで万単位の金額がついている。
「湯川さ、なんでそんなイケメンなのに男子校なん?」
「え? いやあ、まあ近いから、ここ」
「そんな理由!? いやー求めるのは女子じゃないのかね君。あ、男が好き?」
「え!? 違うし、つかもしそうならここの男全員、つか福森も男が好きってことになるけど」
「はっ、そうだった! 今の質問は無しだ! くっそ、鋭いイケメンだな、俺と顔変えて」
「福森の顔可愛いし、俺の背には合わないからやめとく」
「うわ、マジ初対面で可愛い言われた、凹むわこれ、気にしてんのに」
「ごめんごめん、俺も……あんま顔の事言われるの苦手でさ」
「あ、言われるの嫌だった? ごめん、純粋に顔すげー良いじゃんお前何なのイケメンなの? 爆発しろ、手伝ってやるからすみやかに爆発しろって思っただけだから」
「酷ェ……」
学級委員なのにこんなに面白い奴で務まるのかとも思ったけど、学級委員に選ばれている理由もなんとなく分かる。
頼れる感じで、そして初めての俺に対して緊張感を解こうと必死になってくれている。
おそらく、この学校で俺が初めて友達になれるのはこの福森だろうと、そう思わせる。
そりゃあまあ、当然この感じじゃ友達も多くて、俺なんかすぐに親友になるのは難しいんだろうけどさ。
「まあ、安心して」
「ん?」
「イケメン来たところでどうしようもないからな! 顔の持ち腐れだから! 女子いないから!」
「ふっ、確かに」
「あ、でも女子以外の事なら、まあ俺学級委員だし色々と教えるから安心して」
福森がしゃべりかけてくれると安心する。そしてなんとなく心地いい。散々イケメンイケメンと言ってくるけど、おそらく福森にとっては一番「いじりやすいネタ」くらいなんだろう。
なんとかして仲良くなってイケメングループに取り入る、みたいな変な思惑が全くなくて楽だ。
共学に居た頃は女子と仲のいいグループ、モテる奴のいるグループみたいなのがあって、ほんと面倒くさかったから。
まるで誰とでも仲良くなれますよとでもいうかのような福森。けど、俺の返事があまり芳しくなければそれ以上は踏み込んでこない。
馴れ馴れしい会話になっているのは、俺の事をある程度は心開ける奴だと判断してくれているんだろうか。それとも学級委員としての役割なんだろうか。
10cm……いや、多分それ以上低い位置、話す時に俺を見上げるその表情は男なのに、可愛い以外の何物でもない。それでこの兄貴面。なのに気を使う事を忘れていない。
「俺になんかついてる?」
「え? いや、別に」
「霊見えるとか言うなよ、怖すぎる」
「いや、見えないし」
いや、下ネタ的な意味で、こいつ本当にちゃんと付いてんだよな? こいつ、ひょっとして男からもモテるんじゃないか? 大丈夫か? 2、3回襲われてんじゃないか……いや、マジ顔が可愛くて心配になるんだけど。
何こいつ、整形でもしてんのか? うわ、表情変わる度にいちいち可愛いんだけど。
あーだめだ、変な扉が開きそう。いや、もうむしろこじ開けそう。
「なあ、ごめん、下の名前なんだったっけ」
「俊、シュンね。えっと、ニンベン書いて、ムとかうわ~って書く字」
「俺、竜二。俺の事は竜二って呼んで、俺も福森のこと俊って呼びたい」
「え、何!? マブダチ宣言きたコレ!」
「そんな大げさ!?」
「出逢って10分以内の名前呼びはもうこれクラス着いたらちょー騒がれるね、もう取消ナシだからな、竜二」
男子校では何でもネタになるんだろうか、とりあえず今向かっているクラスの雰囲気が恐らくは陽気で騒がしいクラスなんだろうというのは分かる。
俊の何かを企んでそうな笑顔は、気を引き締めないと変な感情が芽生えそう。こいつ、悪魔かもしれない。
まあそれはともかく、もう名前呼びに切り替えてくれているってことが嬉しい。今更ながら、知らない土地で自分がとても安心したかったことにも気づいた。
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