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021 恋と恋敵と愛しいあいつ-01

【過ぎ去りし日の記憶:恋と恋敵と愛しいあいつ】  これは俺の、いつかの片思いの話。  高校1年の秋に転校するというと、まあだいたい親の転勤だと思われるケースが多い。その他だと高校生活で問題があって転校するケースもあるかもしれない。  いじめだったり、登校拒否だったり、そういうのは我慢せずに逃げてもいいと思うし、頭はチンパンジーで、ちゃっかり人権だけ手に入れたような相手と戦うのは得策じゃない。 「お前らが変われ」という主張はなかなか難しくて、結局は自分が変わるしかないのだろうけど、その環境をマイナスから整えるのはもはや無理で、現実的でもない。  だから転校でいったんリセットするのはアリだ。  何故こんな事を言うか。それは俺も環境をリセットした人間の1人だからだ。  高校に入って半年で、元カノを原因とした逆恨みで刺されそうになった俺は、親父の闘病のタイミングとも重なって転校を決めた。  父、湯川洋平がALS、筋萎縮性側索硬化症を患ってから、俺たちの生活は何をするにも父親中心になった。  治療や症状緩和の相談が出来る大病院で診て貰うため、住んでいた土地を離れる事になり、俺は渡りに船だと思って賛成した。 「行ってきまーす」 「あんた、私のお弁当は!」 「さっき台所に置くって言っただろ、ちょ、何でこの時間にパックしてんの」 「浅田さんが富山のお土産でくれたのよ、ちょっと使ってからお化粧しようと思って」 「何で朝やるんだよ……じゃあ行ってきます」  湯川さんちは一家そろって美形ねと、本心とも僻みとも取れるお世辞を貰いながら育った兄の桜路と俺(竜二)。  見た目を褒められる事が面倒臭いとすら思う土地を離れ、兄貴はやや長くなる通学を苦とも思わず同じ大学へ、高校生の俺は転校し、男子校へ通う事になった。  母親は未経験ながらもおそらく顔採用か、それとも愛想で乗り切ったかして、中堅企業の事務員としてパートに出ている。  親父は家にいる時はサビ(元は野良猫)の世話をしている。が、実際はサビが親父の話し相手になってあげている感じか。家は木造2階建ての借家で、1階がリビングと、親父とお袋の部屋など、2階には俺と兄貴の部屋が1つずつ。 「おーい、サビの餌どこにある?」 「サビの座布団のうしろ! 朝は半分だけ、缶の方! もう遅れるから行くよ!」 「おう、いってらっしゃい」  幼少期から格好良いなど言われ過ぎて「こんにちは」と同じくらいにしか思っていない親父は、もはやイケメン自慢をするなどという意識もない。整った顔の事を全く鼻にもかけず、誰にもニコニコとしていて……いわゆる無自覚なタラシだ。  最近は病院や近所で、不謹慎だが生きているうちにもう仏様扱いを受けているという。  その隣にまた憧れのマドンナと言われ、何人もの求婚を退けリアルに「逃走中」をやらかした顔立ちの良い(性格はともかく)妻の道子が並ぶ。 例えそれが会社のダサい制服姿だったとしても、仏と女神というよく分からない組み合わせのあだ名が付くのは仕方がない。  親父とお袋が並んで歩く時は、人が行き交い忙しない病院の通路も、モーゼのように人混みが割れ通りやすくなるという。  先日はとうとう診察の1コマを、病院のパンフレットに使わせてくれないかと申し出があった。その際にお袋は謝礼金と、全面的な親父の闘病のサポートという条件も出された。  息子までパンフレット掲載の道連れにしてしまったんだけどね。  ついには先日より、『父親を囲んで妻と息子が笑顔で診察内容を聞いている温かな光景』の写真が、病院のホームページとパンフレットの「当病院の目指すもの」というページに載る事になった。  俺がそんなドラマのような実家を、まだ遅刻するような時間ではないのに急いで出てて、一生懸命自転車のペダルを漕ぐのには理由がある。 「おはよう! 悪い、遅くなった」 「おはよ、いつも有難うな。時間やばい時は気にしなくていいよ、歩いても全然間に合う」 「いや、俺がしたくてしてるんだし。今日の一品は?」 「秋刀魚の竜田揚げ。鯖は買ってなかったって」 「それでもすげー、やった!」  登校の時に友達を自転車の後ろに乗せて二ケツする。そう、俺はその為に毎朝急いで家を出る。  こいつは転校した初日からつるむことになった福森俊(しゅん)。クラス委員長もしている人気者だ。  明るくてハッキリした性格に、中性的と言うよりも格好いいと可愛いが共存した顔、背は平均くらいで細身。声はやや高めでよく通り、見た目に反して結構ガサツ。  歌が上手くて、声量は無いけど男女関係無く何でも歌う。高い声も低い声も自在で、これは割と凄い才能と思う。  ただ、本人は民謡が得意だと言うけど、それは多分全然歌えていない。本物を聞いた事はないけど、多分全然違う。あれが民謡ならパンクロックも民謡扱いでいける。 「竜田揚げとか聞いたら腹減ってきた」 「育ち盛りか」  勉強は結構出来て、球技をはじめとして全般的に運動はオンチらしいが……足だけはやたらと速い。運動部に入っている訳でもないのに1年生の頃から100m走で12秒切っていたという。中学で陸上部だった俺でも負けるかもしれない。  欠点と言えば幅跳び、ソフトボール、バレー……俊の面白エピソードがいっぱいあるけど、そんなのどうでもいいくらい、俺にとっては完璧な奴。むしろ欠点どころか苦手な事が長所に思える。  どうして反復横跳びで両足を揃えて飛ぶのか。こけるのか。どうしてバットがボールより飛ぶのか。どうしてレシーブを打とうとしてヘディングになるのか。  優秀なくせにそんな冗談のような事もやってのける俊は、通学で毎日ニケツする代わりに、俺に弁当のおかずを1つくれる。秋刀魚の竜田揚げに喜ぶ俺に、チャリを漕ぐ俺の背中越しで「食いしん坊め」と言う声が少し偉そうなのも、またいい。  そう、何を隠そう、俺はこの男に惚れている。ホモかと言われたらホモだろう。  今までどれだけ女にモテて、数えてないくらい女と付き合ってきたとしても、今好きなのは目の前のこの男子高校生。不毛だと言われようが関係ない。  いつか絶対に俊を俺のものにする、俺はそんな夢を抱き、その為に努力をしている最中だ。決して片思いが楽しいなんて思ったりはしない。愛を伝えたい、キスしたい、抱きたい、そんな気持ちを隠す事の何が幸せなのか分からない。  だからその期間を最短にし、かつ可能性を上げる為に全力で好意を持たれる為の行動を取り、俊が俺に惚れるであろう瞬間を作り出す事に必死なんだ。 「そういえばさ、竜二鍛えた?」 「ん?」 「制服のさ、背中めっちゃパッツパツじゃん」 「あー俺、ブカブカなの嫌いなんだよ、確かにちょっと鍛えてはいるけど」  俊が俺の背中を軽く小突き、そして絶賛筋肉痛なわき腹を摘もうとする。  あなたに好かれるために毎日筋トレをして、あなたが思わず抱かれたいと願うような体を作っている所ですよという本音を隠し、なんでもないような返事をする。  好きな人とこんなに近い距離にいるという幸せと、気持ちをまだ伝える訳にはいかないという不幸。  絶対に努力なんて見せない。なぜ努力しているかも言わない。湧き上がる恋心と性欲を我慢するだけで胃に穴が開きそうだ。  いつも僅か10分ほどの2人だけの時間を過ごし、そして校門横で自転車を停める。そうすると、そこから人気者である俊はみんなのものになる。

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