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残酷な天使のアンチテーゼ p01

【残酷な天使のアンチテーゼ】  男として生きて来て、ここだけは譲れない……そういうものはいっぱいあると思う。俺だってある。  カッコイイと言われたいし、スマートに誰かを助けたりして、告白されたりして、服装にだって気を付けて、やりたい事だっていっぱいあった。じゃあ、その中で、男として、どうしてもしたくないと思っていた事は何か……。  それは、スカートを穿く事、だった。 【残酷な天使のアンチテーゼ】~それは、いい思い出でした~  思い出すのは、いつかのあの日の文化祭。 「おい福森! 観念しろって」 「全然いいじゃん、可愛いじゃん! おい湯川! 横に立ってろって……福森! こっち見ろって! 睨むなよ」  高校3年生の秋。文化祭という悪魔の行事がある季節だ。  拍手喝采に腹が立たない訳じゃ無いけど、学食無料券の為なら仕方がないと諦め、クラスの中で一番「可愛い」俺は、3年連続のメイドの格好でクラスメイトの前に立っている。 「あー、股がスースーすんだけど」 「お前な、そのどう見ても超美少女な見た目で、スカートの裾掴んで股あおぐのやめれって」 「お前の見た目だけの女子力に俺らの胃袋が掛かってんの、分かってんのかよ」 「女子力なんかねーよ! あーもう、今年もこの格好すんの、マジ屈辱なんだけど」  俺が両性具有な事なんて、クラスメイトは誰も知らない。女顔で、女装させたら客を釣れる、ただそれだけが理由なのも分かってる。でも、このクラスの半分くらいが、マジで俺の事可愛いって思ってるんじゃないかってくらいニコニコなんだよな。 「あーやべえ、完全に女子じゃん、男子校に現れた天使じゃん」 「こいつ中身完全にガサツ男子だけどな。な? 俊」 「やだもう! 俊きゅんは天使なのよ! 竜二きゅんったら夢見るオス共に残酷ね!」 「残酷な天使よ! 残酷な天使のアンチテーゼよ!」 「お前アンチテーゼって意味分かってねえだろ」 「はぁ? 何言ってんの、俺がアンチテーゼの意味理解してるような賢い人間と思うか?」  竜二が俺の頭をポンっと叩いて、クラスメイトが汚いカマ声で足をくねらせておどけて見せる。そう言うそいつも、俺と同じ格好。つまりはメイドの服を着ている。  男子校でメイド喫茶と言えば、どうなるかは想像に容易いと思う。脛の剛毛を処理する気もない屈強な短髪男子が、やけにピンクがどぎつい猫耳を付け、想像通りの重低音で「おかえりなさいませ、ご主人様」と出迎えるのは鉄板だ。  むしろ、それを期待して笑いに来るから成り立つのであって、可愛い男の娘が高めのトーンで声を作り、可愛く出迎えるなんて誰が望むというのか。 「ほら、とりあえず福森、湯川、古賀、那珂川、並んで! 早く撮ってフライヤーにしなきゃいけねんだから!」  俺は両性具有だけど、男だと思って生きてる。男らしさってものに憧れているし、欲しい言葉は可愛いじゃなくて、かっこいいだ。この状況を楽しめるかと言えば、とてもじゃないが楽しめない。そういうとクラスの雰囲気を悪くさせるから言わないけど。  渋々代表で4人が教檀の前に並び、メイド喫茶風にクロスをかけられた机を囲む。竜二と古賀っちは執事の格好、俺と那珂川はメイドの格好だ。  んで、俺の手にはクラスの誰かの私物のバズーカの模型、那珂川の手にはクラスの誰かの私物のモデルガン。俺はバズーカを担いで机に腰かけて足を組み、那珂川が体を右に、顔だけを正面に向けてモデルガンにキスをする。  竜二と古賀っちは、何事も無かったかのようにうっすらと微笑んで腹辺りに手をあて、少し会釈。構図的に完全に詰め込みすぎて路線が迷子になっているけど、もう時間がない。 「いいね、その俊のけだるそうな表情、那珂川、もっとなりきって! はい、撮りまーす! ……もう1枚!」  撮影が終わると、撮影係が急いで職員室へと駆けていく。そう、今日は文化祭の初日。時間は9時。10時30分からはいよいよ文化祭が始まってしまう。  職員室で山センのパソコンを借りてフライヤーを作り、配らないけど廊下に何十枚か貼るんだ。ライブ告知みたいな感じだけど、最初からコンセプトがブレまくってるから気にしない。 「……なあ、俺、やっぱりお笑い方面にメイク切り替えたい」 「えっ!? なんで!?」  竜二がなんか悲しそうな、信じられない言葉を聞いたって表情で俺に振り向く。教室の中は、男子校だってのにピンクの布で壁が覆われ、誰かの姉貴の私物の人形が置かれ、完全に男が想像できる限界が透けて見えるファンシーな内装。  そこに、完全にメイドになりきった男の娘がいたら、正直引くじゃん。え、男だろ? って。  けど、クラスメイトはそう思ってない。つか今までの2年間、毎年「は? マジ男? え、マジで?」って言われ続けたから完成度は高いと思うんだけど、ドン引きされるよりは笑われた方がマシじゃん。 「俊、ほんと、これほんと心の底から言うんだけど、マジで可愛いから、ほんと、今年で最後じゃん、乗り切ってよ」 「だってさあ、ドン引きされるの嫌じゃん」 「はあ? 誰がドン引きすんだよ。毎年めっちゃ可愛かった、やべえ、めっちゃ可愛かったって言われてるじゃん」 「陰でキモイとか言われてたら俺のガラスハート砕け散るんだけど」 「いや、マジで大丈夫だから。声普通のまま、決して丁寧な接客を心掛けず、バズーカ持って接客するだけでいいんだって」  メニュー表を渡され、なんかマジで必死な表情で竜二に頼み込まれる。そんなに学食無料券が大事なのか。  俺はため息をついて、最後に接客の練習をする。店に入る際、どう呼ばれたいのかの選択肢に〇をしてもらい、それに合わせるんだ。  女性客は「お嬢様」「奥様」「女王様」、男性客は「ぼっちゃん」「旦那様」「ご主人様」から選ぶことができる。うちのクラスの店は15時まで。つまり、俺が羞恥に耐えるのは賞味5時間もない。  模試が続いて準備時間が取れず、結果小道具係に人数を裂き過ぎて、フロアスタッフが7人しか出せなかったんだ。だから交代要員は無い。メイドは俺を含めて4人、執事は3人。去年は行列が出来たから、多分、今年も大変なことになる。 「俺の口調、ほんとに『おかえり』『何頼む?』でいいのか? 流石にツンツンし過ぎじゃないか」 「大丈夫、1人愛想が悪いメイドがいますって、きちんと告知済み。那珂川なんて、完全にオカマ設定だからな」 「そうよ俊ちゃん、文句言わな~い。オカマ風に『おかえりなさぁい、ご主人様。お疲れでしょ? 何か飲みますぅ? やだぁ、お目が高いわぁ』って言わなきゃならないアタシの事も考えて?」 「……ごめん、そっちよりマシだよな、うん」  調理場代わりの仕切られた一角には、氷を詰めたクーラーボックスがあり、お湯を沸かすケトルも、ドリップする為のコーヒーメーカーもある。ケーキは無いけどクッキーの盛り合わせとか、ポッキーの盛り合わせ、ポテトチップスの盛り合わせは用意している。  一応、外部からご年配の方が来られてもいいように、酢こんぶの盛り合わせや干し梅、おかきなんかもある。 「福森ほんと可愛いよな。何で? ねえ何で可愛いの? なんか勘違いしちゃいそうなくらい可愛いんだけど」 「ほんと、マジ何でお前女じゃねえの、外歩いてもお前みたいな可愛い子いないんだけど」 「もう、お前ら! 俺以外が可愛いって言うの禁止だからな!」 「ヒュー~、彼氏!」  竜二はクラスの中で、俺の彼氏役って言われていて、たまにこうやってノってくれる。意外と、俺がこれ以上言われたくないなって時に助け船を出してくれる。自分だって男の俺を相手に彼氏だなんて言われて嬉しくは無いだろうに、そういう所が人望ってやつなんだろうな。  イケメンだし、頭いいし、スポーツも出来るし、女は長続きしないみたいだけど、友達としてみれば自慢要素しかない。 「俊、そろそろ開店だな」 「ああ、仕方ねえ、俺が稼いでお前ら食わせてやらあ!」 「よっ福森さん!」 「委員長! ステキ!」 「ホントステキ! そんな格好でも男らしい! パンツ見せて!」 「パンツ! じゃねえ、ピンチ! やべえ、行列出来てる、20人くらい並んでる」

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