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第181話

あの頃の気持ちに (ジュンヤ) その34 「 年寄りの冷や水 」 聞こえた可愛い高めの声は潤だな。後で覚えてろよ。口の中も切れたのか、鉄臭い感触が舌に触った。 なんとか歩いて店の中に入ると事務所に通されソファに座らされた。 もう服はボロボロでそのままでは到底帰れないなとのんびり考えると、急に笑いがこみ上げて来た。 隣に来た神崎さんが痛そうに鳩尾を庇いながら尋ねてくる。 「 笑い事じゃないでしょう。どうしたんですか?あいつの言ったことがそんなにしゃくに触った?」 「 いい歳して、嫉妬かな……」 と苦く笑いながら呟くと、 「 まぁ、恋愛は歳には関係ないですけどね 」 と俺の前に琥珀色のグラスを置く。 「 消毒です。俺のとっておきですよ、効きますから 」 ショットグラスに注がれたそれはどうやらボロボロにやられた俺への鎮魂らしい。ありがたくも動いた腕で一気に煽ると、喉を通る樫の薫りのする熱いその液体にさっきの鉄の味も流されていくようだった。 衛生箱を持ってきた潤はテキパキと傷に手当をしていく。 「 慣れてるんだな 」 と言うと、 「 獣医だから、獣の扱いには慣れてる 」 と又減らず口を叩く。 「 獣医?動物の医者か?」 「 そう、でも臨床医じゃないけどね、研究所勤務だから 」 俺の口の中を覗くと、 「 切れてるけど歯は無事。アルコールはそれ以上飲まないでね、内臓も腫れてるし、キスも禁止 」 と言いながら最後に瞼にテーピングを施した。ソファに横たわった俺に、 もうすぐ閉店だからそれまで休んでいてと言うと神崎さんはフロアに出て行った。 「 あの金髪エドって言うんだけどさ、明日辺りアメリカに帰るはず。休暇終わるって言ってたから 」 一応仕事はしてるんだな。 「 なに?気にならないの?」 乱闘になった相手のことに無関心な俺に潤が不思議そうに聞いてくる。お前の方が気にならないのか?あんなのがジュンヤに…… 昔のあの時の光景が又蘇りそうになって頭を振れば鈍痛が襲ってくる。 「 あー頭なんて振ったらダメだよ。殴られてんだから 」 と潤がソファに座ると俺の頭を自分の胸に押し付けた。 「 しばらく寝て 」 と言いながら俺の瞼に乗せた手は柔らかくあったかくて痛みで詰めていた呼吸がしやすくなったような気がした。

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