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第206話
あの頃の気持ちに(ジュンヤ)
その59
ジュンヤの日本最後のライブの日に俺はバックドアを訪れた。
今夜はスタッフ総出なのかやけに賑やかな店内で、
マネージャーの神崎さんが俺を見つけると寄ってくる。
「 いらっしゃいませ。暫くですね 」
それ以上余計なことは言わずに席に案内してくれる。
1人だってこと見透かされてるなと苦笑しながら黙っていてくれる、その事に感謝する。
ライブは8時からなのに、もう殆ど席はいっぱいになっている。
オーダーを取りに来た渋谷君に
「 大盛況だな 」
と言うと、
「 ここ二週間毎晩こんな感じです。
ジュンヤさんたちが今日で最後ですから今晩は席の予約で断った人もいたくらいです 」
「 え?俺は?」
「 青木さんの席は神崎さんがリザーブかけてましたから 」
益々見透かされていたか……
「 何にします 」
「 そうだな、酔っ払わないように今夜は、、、
ビールにしとくよ。バドを、
つまみは適当で、
あまり腹は減ってない 」
「 了解です。それでは見繕って 」
と渋谷君が去っていく。
前のステージは仄暗く所々に間接照明が灯っていて、いつもは奏者がサックスを持って入ってくるはずなのに、
スタンドにサックスが一つ照明の光を浴びて置かれていた。
ジュンヤのか、
俺にはそのサックスがしごく特別に見えた。
ビールの小瓶を二本あける頃、にわかにステージが賑やかになって来た。
今夜はとくにお客たちも興奮しているのかザワザワが煩いほど聞こえてくる。
小さかった拍手が大きくなった頃、
出てきたメンバーの最後から、手ぶらでジュンヤがステージに立つ。
鮮やかな濃いブルーのシャツにグレーのトラウザース。
長めの髪を無造作に耳にかけて、
微かに笑った眦は遠くに視線を一瞬投げた。
唐突に始まる演奏。
軽快なジャムから、サックスのソロ、そしてギターとウッドベースのソロが続くと否応無しに観客も乗ってくる。
多彩な選曲で飽きさせない。
よほどのジャズ好きじゃないと曲名を当てるのは難しい曲が続くが、のった演奏がそんなことは凌駕してる。
ジュンヤの、そしてこのカルテットの意気込みがはっきりと見えた演奏だ。
終盤近く、
ゆったりとしたスローバラードの曲が終わった時。
ジュンヤの声が響いた。
「 こんばんは 」
こんばんはと返す観客。
「 今日は馴染みのあまりない曲が多かったですね。少しドイツに行くからって突っ張りました 」
笑い声が漣のように起きる。
「 私と共にドイツに行くメンバー
を紹介します。
ドラム マリノ 創也 (そうや)
ベース 碓氷 周 (しゅう)
ギター 碓氷 景 (けい)
そして、ドイツには連行できませんが、今夜の特別出演
ピアノ
金井 さくら! 」
盛大な拍手が上がる。いつしかそれが手拍子、足拍子に変わる。
ダンダンダン!
床のレンガをふみ鳴らす音。
仲間に揶揄されたジュンヤにスポットが当たる。
「 そして、サックス……
青山 ジュンヤ 」
今夜最高に暖かい歓声と拍手が沸き起こる。
観客もお互いなぜかハイタッチしてるのもいる。
「 ドイツ、行くから!」
そんな掛け声と共に最後の曲が始まる。
" ジャイアント ステップ "
正にこいつらの未来だ。
俺は酒を飲むのも忘れていた。
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